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ALS患者高野元の日常と思考と回想

53歳になりました~活動報告会レポート

   

先日の3月31日に53歳になりました。

49歳の秋にALSの告知を受けてから療養生活に入り、昨年5月に気管切開をしました。振り返ると何かがおかしいとはじめて感じた、2013年の正月を発症としているので、そこからもう5年がたったことになります。

医学書によると、ALSは発症から5年ほどで呼吸が難しくなり、死に至るそうですが、わたしはとても元気になっています。もちろん、病気は進行しているので、精神的にという意味です。

自分自身でもこの状態にあることは内心驚いているのですが、それを友人には伝えないといけないと思いました。世間の常識からいえば、発症から5年がたった私は、ほぼ寝たきりで日々を生きることで精一杯と思われていても不思議ではありません。「でも、ちがうよ」と伝えるために、活動報告会を開催してもらいました。

100名を超える人にお集まりいただききました

これまでの友人に声をかけ、最近知り合った方のご参加もあり、最終的には100名を超える方にご参加いただきました。

参加者を軽く分析してみたところ、私の日常生活のベースを作ってくれる,医療・看護・介護の方や、難病患者やその関係者の数が3割ほどになりました。

自分が置かれている環境が、新しい段階に入ったと、改めて感じました。

わたしを取り巻く環境をご紹介

一般社会で暮らす健常者が、難病患者や重度障害者の日常を想像するのは難しく、そのあたりから紹介していきました。

こちらは「難病患者に対する3段階の支援」という思考のフレームワークです。東京都医学総合研究所の中山優希先生の論文から引用して、最近よく使っています。

このフレームワークにのっとり、現在の説明をしていったので、抜粋して紹介します。

ステップ1:生命の支援

ALSは運動神経が失われて全身が動かなくなる病気ですが、生命にかかわるのは嚥下障害による栄養失調と呼吸困難による窒息しかありません。

これに対処するために、胃瘻造設(2016.4)、気道分離・気管切開(2017.5)と、医療的処置をしてきたことをお話ししました。気管切開は、患者の3割ほどしか行わないと言われており、それなりの決断をしたことは伝わったのではないかと思います。

私は素人発想で、20年後くらいにはALSは治る病気になると考えていて(一年前に、こっそり書きました)、iPS細胞を用いた創薬に期待しています。

創薬には時間がかかるので、それまでのあいだ自分でできることはリハビリだと考えています。とくに、呼吸筋のリハビリを重視していて、最新の呼吸リハビリ器具LICトレーナーを愛用しています。

この器具の研究開発をすすめてきた、国立精神・神経医療研究センター病院の寄本恵輔先生にお願いして、「呼吸はリハビリできる」ことをお話ししていただきました。

少なくとも私の友人には、ALSは手の施しようのない病ではなく、できることはあると知ってほしいのです。

ステップ2:日常の支援

そうはいっても、24時間の全介助が必要な体です。私の日常は、数々の公的支援制度と、制度の下で働いてくれる支援者に支えられています。当日参加してくださった支援者の皆さんをご紹介し、公的支援制度の概略と、現在の生活を紹介していきました。

難病法や介護保険法に比べて、障害者総合支援法はなじみが薄いのではないでしょうか。でも、この法律と自治体での運用がわれわれが健全に生きるための生命線なので、頭の片隅に置いておいてほしいのです。具体的には、こんな感じで支援を受けています。まだまだ家族介護の比率が高く、妻の負担は大きいのですが、これを3割程度まで引き下げるのが今年の目標です。

ステップ3:自己実現の支援

ALSを発症して体が動かなくなるなかでも、これまでの経験の延長に自己実現をしたいと常に意識していました。ただ、衰える体と揺れる心と付き合うのに精いっぱいで、もうできないんじゃないか、いつかできるようになるのかな、と正直弱気になっていました。

しかし、昨年の気管切開以降に体調が安定し、友人の支えもあって再びいろんな経験ができるようになってきました。

ALS患者や障害者の生きる権利は、30年を超える当事者運動の結果であると学びました。その結果として、先に述べた公的支援を得られるようになったのです。

しかし、誤解を恐れずに言えば、難病患者を取り巻く世界は当事者と支援者で作られており、一般社会とはまだ分断されていると感じています。わたしも健常時代は全く知らなかったし、興味もありませんでしたから。

ほかの患者さんの様子をうかがう限り、私は、健常者というか一般社会との接点が多いようです。それは、難病患者であることに配慮はするけど、特別扱いしない友人に囲まれていることが大きいと思います。

そんなことから、一般社会を難病界にちかづけることを意識して活動していくことに決めました。

 

そのためにも、自分の考えを発信するためのツールが必要です。当日も使用したHeartyPresenter は、パワポをめくりつつ音声合成でしゃべってくれるソフトウェアです。こうした、支援ツールも手掛けていきたいです。

2017年度の活動

ここからは、私に活動させてくれた方に話してもらいました。箇条書きで紹介します。

  • 視線入力環境の整備により、こんな感じでパソコンしています。オフィス文書も不都合なく作成できるので、仕事もできます。
  • 吉藤オリィさんとオリヒメのおかげで初のテレビ出演を果たす、など新しい経験をさせてもらいました。オリィさんが試作するものを、私の環境改善に活用させてもらたいと考えています。
  • 遊び仲間と京都奈良ツアーにいきました。再建された、薬師寺食堂(じきどう)の壁画を見たかったのです。京都では、懐石料理、お茶を楽しみました。いずれも、障害者に配慮した素晴らしいおもてなしでした。
  • 楽天オープンを観戦しました。 テニスはプレイするのも観戦するのも大好きなスポーツです。久しぶりに、有明テニスの森に来て、世界トップのプレイを堪能しました。
  • 島根大伊藤先生の、NHK日本賞プレゼンのお手伝いをしました。伊藤先生のサイト「ポランの広場」からは、視線入力をはじめとする支援技術の最新動向を学んでいるので、大変光栄な経験でした。
  • ハロウィンイベントでうんちヒューマンになりました。 前年のハロウィンの様子をみて、なんか楽しそうでいいなぁ、とつぶやいたところ、「今年は一緒にやりましょう」と強力にサポートしてもらい、楽しむことができました。
  • Bリーグ理事の友人のお誘いを受けて、患者仲間と一緒に千葉ジェッツ戦を観戦しました。始めて観戦しましたが、演出が素晴らしく、プレイだけでなくエンターテインメントとしても楽しめました。

2018年度の活動目標

今年度の活動予定を紹介しました。

について、一緒に進めている方に、現状を話してもらいました(それぞれ、詳細は別途)。

最後におねがいをお話ししました。

 

おわりに

49歳で告知を受けた時は、自分はいったいいくつまで生きられるのか?と思いましたが、今はそういうことは全く思わなくなりました。

難病で障害を抱えているだけで、環境を整えることで結構自由に生きられるようになってきました。

できることをマイベースでやりながら、社会実験や新しいテクノロジーを通じて、包摂社会の実現に貢献したいと思います。

 

 

 - ALS生活, 創発生活