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ALS患者高野元の日常と思考と回想

妄想未来シナリオ【75歳になりました】

   

実は今日は誕生日で、52歳になりました。昨年、一昨年は、友人たちが盛大に誕生会を開いてくれて、それがそのまま誕生日ブログになっていました。今年は思うところあって、自宅でこじんまりやることにしました。

思うところというのは、『私はなぜ生きたいのか、闘病の先にどう有りたいのか』をきちんと考えようというものです。このような課題に有効な、未来シナリオという手法を使って考えてみました。

注意!ここに書かれている内容は私の妄想であり、すべて根拠はありません。


 

2040年75歳を迎えて

ちょうど50歳を迎えた2015は、ALSとの告知を受けた直後でした。当時はまだ、ALSは原因不明の神経難病で、人工呼吸器をつけることで延命ができるものの、フルタイムの介護が必要になるため、その選択をしない患者が7割もいた時代でした。

わたし自身も、息子たちの成長をどこまでみられるのか、思い悩みました。しかし、科学の進歩、特に2025年頃に具体化すると言われたシンギュラリティに期待して、できる限り生きようと決めました。

本日、75歳を迎えるわたしは、1時間くらいの距離なら自立歩行ができるまでに回復しています。呼吸機能も回復し、軽い運動ならできるようになっています。また、腕も食事や着替えができる程度には回復しています。食事を口から味わって食べることもできるようになり、グルメを満喫しています。

ただ発話の回復は難しく、口文字ナビに頼る生活が続いています。またスポーツはハードルが高く、テニスの復活はできていません。もう少し腕力が回復したら、車椅子テニスに挑戦したいのですが。

さて、原因不明で不治の病だったALSに何がおきたのか、私の理解の範囲で振り返ってみます。

ますその発症メカニズムが解明されて、初期段階で病名が特定できるようになったので、進行を抑えることができるようになりました。さらに、人工呼吸器が必要なまで進行した重度障害者でも、一部の機能が回復した事例が出てくるようになりました。

もう少し詳しくお話ししましょう。

20数年前は、ALSは原因不明であり、それゆえに根拠の乏しい対症療法的な薬があるだけでした。死なないと異常な神経細胞の病理検査ができないため、なかなか原因解明ができなかったのです。それゆえにバイオマーカーを定義できずに、患者の症状が進まないと治療できないというものでした。

ところが2020年に、自家細胞から作られるIPS細胞から神経細胞の生成と、その細胞がストレス下でどのような異常タンパク質凝集を引き起こすのか、を特定できるようになりました。

さらに2022年には、IPS由来の神経細胞に対して、どのような既存薬が有効なのかを短期間で調べる技術も確立しました。これによって、体の小さな異常を感じてから病名確定までを、数ヶ月に短縮出来るようになりました。この早期発見の時点で進行を抑え込めるので、部分的な障害が残るものの、重症化は防げるようになったのです。

ただし、ALSの神経細胞レベルの形態は数十種あることがわかり、上記の方法が使えないものが現在でもまだ十数%残っています。これらの早期解決が望まれます。なお、これ以降は、この未解決形態は除外して、記述します。

2025には、ALSは早期発見すれば日常生活に影響がない程度に進行を抑え込める病気になりました。ただ、その処方には高額な費用がかかり、また正しく処方できる医師の育成が大きな課題になりました。この理由は、患者数が国内二万人程度と少ないことでした。

2010年代初期から、認知症などの脳疾患とALSなどの運動神経質感の類似性が指摘されて来ました。老化のメカニズムとして、また遺伝子スイッチの開閉の結果として、統一的に扱えることがわかり、2030年前後から臨床現場に普及していきました。

国内で数百万人と言われる認知症と同じ仕組みで対応できるので、コストと人材の問題は一挙に解決していきました。

(いきなりですが、続く。)

 

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