ラジカット体験記(1):概要と私の理解
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、原因がまだわかっていない神経難病です。原因がわかっていないので、明確な治療方法も存在しません。
進行を遅らせる効果があるといわれる認可薬は、これまでリルゾール(商品名:リルテック)のみでしたが、最近ラジカットという薬が認可されました。
今回、ラジカットの投与を受けるために入院してきまして、継続する算段を整えることができました。ALS関係者には興味をお持ちの方が多いと思うので、これから時々体験記を書いていくことにします。
Contents
ラジカットという薬の特徴
ラジカットは、田辺三菱製薬株式会社が提供する、脳梗塞急性期にフリーラジカル除去を目的とする薬剤です。
田辺三菱製薬のラジカット製品情報に非常に詳しい説明があります(※医療関係者かどうかの確認を求められます)が、要点を抜粋します。
特性
1.本邦開発、世界初のフリーラジカルスカベンジャーである。2. 脳梗塞急性期に伴う神経症候、日常生活動作障害、機能障害を改善する。3. 筋萎縮性側索硬化症(AL)Sにおける機能障害の進行を抑制する。
http://medical.mt-pharma.co.jp/intro/rct/feature.shtml より。
作用機序 – 筋萎縮性側索硬化症
ALSは、運動ニューロンが選択的に変性・脱落し、呼吸筋を含む全身の筋萎縮が進行性に起こる神経変性疾患である。ALS病態の発症や進行にはさまざまな原因が報告されており、フリーラジカルによる酸化ストレスの関与もその一つである。孤発性ALS、家族性ALSともに、脊椎(腰椎灰白質)や脳脊髄液中、血漿中等の3NTや4-HNEの上昇が確認されている。これらの発生は、・OHやONOO-などのフリーラジカルによるDNAやたん白質、脂質の過酸化反応によるものと考えられ、細胞に傷害を与え細胞死へ導く要因となっている可能性がある。
フリーラジカルスカベンジャーであるラジカットは、脳虚血に伴い発生するフリーラジカルを消去し、脂質過酸化反応を抑制し、虚血領域、あるいはその周囲の神経細胞を保護する作用を有することから、ALS病態で上昇するフリーラジカルの発生を抑制して、運動ニューロンを酸化ストレスから保護し、筋萎縮の進行を遅らせる効果が期待される。
http://medical.mt-pharma.co.jp/intro/rct/action/als.shtml より。
副作用
副作用についても説明がある。ALS患者に対する臨床結果によれば、
総症例数317例中37例(11.7%)46件の副作用が報告されている。
ALS患者への投与と認可までの歴史
先に書いたように、ラジカットはもともと脳梗塞急性期の脳保護剤として開発され、2001年6月に発売されています。
その後、吉野英先生(吉野内科・神経内科医院)の研究を発端として治験が始まります。
第Ⅱ相試験:2001年11月~2002年11月[1施設]
第Ⅲ相試験:2006年5月~2014年9月
プラセボ対照二重盲検比較試験(検証的試験1回目)[全国29施設]
ALS重症度分類3度の患者を対象としたプラセボ対照二重盲検比較試験[全国5施設]
プラセボ対照二重盲検比較試験(検証的試験2回目)[全国31施設]
http://medical.mt-pharma.co.jp/intro/rct/start.shtml より。
厚労省の認可に尽力した日本ALS協会では、こちらのページで吉野先生ほかのコメントを掲載しています。
投与ルールとリスク
ラジカットの説明資料(後述)には、投与にあたって必要となる詳細な説明があります。重要なポイントを抜粋要約します。
前提
- ALSに詳しい専門医が投与すること。または、専門医との連携のもとに投与すること。
- 第1クールは、必ず専門医の所属する医療施設で投与を行い、頻回な血液検査をすること。
治療方法
ラジカットは、点滴注射です。成人の場合は60分かけて1日1回点滴注射します。注射をする期間としない期間(休薬期間)を組み合わせた28日間が1クールです。
- 第1クール
14日間連日投与したあと、14日間休薬します。 - 第2クール以降
14日間のうち10日間の点滴注射です。
連日または間に休薬日を設けて注射を行います。
次クールの投与開始日は、前クール投与開始日の28日後です。
リスク
脳梗塞患者に使用した際に報告された重大な副作用として、下記報告されています。
- 急性腎不全、腎機能障害
- 肝機能障害
- 血小板減少、顆粒球減少
- 播種性血管内凝固症候群
- 急性肺障害
- 横紋筋融解症
- ショック、アナフィラキシー
ALS患者への投与実績は臨床試験にとどまっているので、当初目的の脳梗塞患者のデータを参照するのは合理的ですね。
このため、投与にあたっては、医師による血液検査ほか多くのルールが決められています。
臨床試験で確認されている有効性の程度
有効性が確認されている患者タイプ
現在、国内で行われた臨床試験で、ラジカットの有効性が確認されているのは、以下の条件がすべてあてはまる患者さんです。
有効性の程度
プラセボ対象二重盲検比較試験において、ラジカット群はプラセボ群に比べて、ALSFRS-Rスコアの低下が緩やかであったとあります。
一方で、ALS臨床的症状(自力で歩けなくなる、話せなくなる、気管切開など)の発現に対する影響は明らかではないとされています。
つまり、進行を止める効果は認められないが、進行を遅くする効果を認めて認可したということになります。
詳細は後述の資料「筋萎縮性側索硬化症(ALS)適正使用ガイド」6ページ以降を参照ください。
わたしが投与を決めた理由
ALSの原因としてフリーラジカルの可能性を指摘するものが多くあります。そもそもフリーラジカルは、老化を進める因子の一つでもあります。
※フリーラジカルについての説明は割愛します。
ラジカットは、そんなフリーラジカル除去剤です。
実は臨床試験による結果については、母集団の規模が小さく、それ自体に有意な効果を認められるといえるかは微妙に見えました。また、なぜその効果をもたらすのかは解明されていないと理解しました。
遺伝性ALS患者(全体の1割を占める)の4割で、フリーラジカルを除去する酵素を合成する遺伝子が失われている、というよく知られている報告があります。しかし私は近親者にALS患者はいないので、遺伝的ではない孤発性と考えるのが自然です。
したがって、自分の症状がフリーラジカル起因なのかもわかりません。
しかし、ラジカットの効果の中に、未だラットおよび試験管内での研究段階ではありますが、「細胞膜脂質の過酸化を抑制する」とあるのに注目しました。
もしも、ALSの症状である運動神経細胞の破壊が、何らかの原因で引き起こされる「細胞膜資質の過酸化」であるなら、ラジカットを試す価値があると考えたのです。
また、ALSの原因として「タンパク質TDP-43の異常蓄積」もここ数年で広く研究されるようになり、私も注目しています。以前こちらの記事でも紹介したとおり、TDP-43の異常が遺伝子コピーのエラー原因となっていることがわかりました。
生理学的な根拠はなく、まだ私の希望的観測でしかありませんが、遺伝子コピーのエラーが一時的に神経細胞膜の過酸化をひきおこすなら、あるいは過酸化がタンパク質の異常蓄積の原因となっているなら、ラジカットが多少の改善効果を持つ可能性はあるかなと考えました。
おわりに
ALS患者にとって、ラジカットの出現は「溺れているところに投げ込まれた、一束の藁」のようなものです。治療の選択肢がほとんどないALS患者にとっては、まさに「藁をも掴む」心境で投与をする方が多いと思いますが、最低限の知識と、効用の限界を把握しておく必要があるかと思います。
今回は、自分が調べたり考えたりしたことをまとめました。
次回は、入院して行った第1クールについて書く予定です。
(参考)ラジカット投与を受けるに当たって目を通すべき資料
三菱田辺製薬のラジカット説明ページには、詳細な「ALS治療支援ツール」があります。本来は医療関係者向けですが、そのうち
「ラジカットによる筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療を受けられる患者さんとご家族の方へ」
は必ず患者および患者家族が目を通しておくべき内容です。できれば、医師・看護師側の行動原理を理解するために「筋萎縮性側索硬化症(ALS)適正使用ガイド」も見ておいたほうがいいでしょう。