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ALS患者高野元の日常と思考と回想

アイスバケツ・チャレンジの意義 – TDP-43タンパク質の機能解明

   

photo credit: Bill Gates ice bucket challenge via photopin (license)

今後のALS治療の加速が期待できる、重要な研究成果が米ジョンズ・ホプキンス大学から発表されています。日本での報道がされていないようなので、その概要を紹介するとともに、こうした最先端研究を支援する社会的な枠組みのあり方を考察してみようと思います。

TDP-43タンパク質とはなにか

死亡したALS患者の病理解剖から得られた知見として、脳細胞や神経細胞の中にTDP-43タンパク質の凝集が見られるというものがあります。10年ほど前に今回のジョンズ・ホプキンス大学が発見しているのですが、日本の東京都精神医学総合研究所でも同時期に発見しているようです(TDP-43の基礎と病態、長谷川成人)。

私も告知後にALSについて調べた段階から、ALSの根本原因に迫る可能性の高い成果としてTDP-43には注目していましたが、生理学や遺伝子学の知識がないと理解できないものなので、ウォッチするのにとどまっていました。

今回の研究成果概要

ジョンズ・ホプキンス大学のニュースリリースは下記になります。

ここに記載されている概要を抜粋して、意訳とともに載せておきます。

  • In an estimated 97 percent of people with amyotrophic lateral sclerosis (ALS) and 45 percent of those with one form of dementia, the protein TDP-43 clumps inside brain or nerve cells.
    筋萎縮性側索硬化症(ALS)の推定97%と、認知症の一形態における推定45%の患者は、脳や神経細胞内でタンパク質TDP-43凝集が見られます。
  • Scientists didn’t know the precise role of TDP-43 or the consequences of the clumping.
    TDP-43の正確な役割および凝集の影響は解明されていませんでした。
  • Now, researchers have found that normally, TDP-43 prevents cells from using unwanted genetic information to make proteins.
    今回、細胞が蛋白質を生成する際に不必要な遺伝情報を使用しないようにするのがTDP-43の役割ということが発見されました。
  • When TDP-43 clumps together, it no longer performs this role, so cells malfunction and eventually die.
    TDP-43が凝集してしまうと、この役割を実行できず、これによって細胞が機能不全をおこし最終的には死んでしまいます。

なお、この研究成果の論文は Science誌 8/7号に掲載されています。また、主著者のLing博士による論文内容のディスカッションがRedditで行われています。

日本での研究成果

日本でも、理化学研究所や大阪大学が関連する研究成果を広報しています。

これらの論文や広報に書かれている内容は、用語レベルから知識が足りず理解できないので、今回は引用にとどめておきます。いずれ最低限の内容を理解したら、まとめ直すつもりです。

このTDP-43は筋萎縮性側索硬化症(ALS)だけでなく、前頭側頭葉変性症(FTLD:認知症の一種)の原因にもなっているとのことで、老化のメカニズムの一つとしても興味深いものがあります。

アイスバケツ・チャレンジの成果

そもそも今回の研究成果を知ったのは、「アイスバケツ・チャレンジの成果」という文脈で書かれた欧米の雑誌記事がFacebookのウォールに流れてきたからで、そこから関連リソースをあたったことで、前述のリリースを見つけました。

本件に関するWeb記事は “tdp-43 ice bucket challenge” で検索すると多数ヒットしますが、ワシントン・ポストの記事 Scientists are crediting the ALS Ice Bucket Challenge for breakthroughs in research を抜粋引用して意訳をつけておきます。

At the time, the Ice Bucket Challenge had become the viral campaign everyone was talking about — an online effort to raise awareness and funds for amyotrophic lateral sclerosis, better known as ALS or Lou Gehrig’s disease. The movement attracted criticism of social media “slacktivism” — a convenient way for people to act like they’re making a difference without achieving anything at all.

当時アイスバケツ・チャレンジは、誰もが話題にする口コミキャンペーンとなっていましたが、これはALSの認知を拡大し資金を調達するためのオンライン活動でした。この活動は「怠け者の社会運動」、つまり何も達成しないのに他者と異なる行動をするだけの活動と批判されました。

But one year and more than $220 million in donations later, scientists at Johns Hopkins are claiming a major breakthrough in ALS research and are partly crediting the success to the massive influx of public interest.

しかし、1年という時間と220百万ドル以上の寄付の結果として、ジョンズ・ホプキンス大学の科学者たちはALS研究の大きな進展を公表し、その一部は大衆の興味を大きく喚起するに足る功績になりつつあります。

“Without it, we wouldn’t have been able to come out with the studies as quickly as we did,” said Philip Wong, a professor at Johns Hopkins who led the research team. “The funding from the ice bucket is just a component of the whole — in part, it facilitated our effort.”

「それがなければ、我々が行ったように短時間でも研究成果は得られなかったでしょう」、と研究リーダーのフィリップ・ウォン教授は述べています。「アイスバケツからの寄付金は研究活動の一部でしかありませんが、ある程度はわれわれの活動を誘導したのです。」

Wong and his team have been studying ALS for about a decade, but as Jonathan Ling, another researcher at Johns Hopkins, said in an “Ask Me Anything” thread on Reddit, the millions of dollars brought into the field has given researchers the financial stability to pursue “high risk, high reward” experiments.

ウォン教授のチームは10年ほどALSの研究を進めていますが、その研究者の一人ジョナサン・リン博士は掲示板Reddit上のスレッドで、「数百万ドルの研究資金を得たことで、研究者はお金の心配をせずにハイリスク・ハイリターンの実験に集中できた」と書いています。

“The money came at a critical time when we needed it,” Wong said.

「私達がほんとうに必要なタイミングで研究資金が来たんだ」とウォン博士は語りました。

 

難病の研究活動に寄付が役立つわけ

この記事の内容には大きなポイントが2つあります。

ひとつは、アイスバケツ・チャレンジは「何も達成しない【怠け者の社会運動】」呼ばわりされていたと書かれていることです。

もう一つは、研究資金を得たことで「研究者はお金の心配をせずに【ハイリスク・ハイリターンの実験】に集中できた」と言っていることです。

この2点から、難病を対象とした研究活動について考えてみます。

一般に難病への関心は低く理解されていない

ALSを例に取ると、日本の患者数は9千人ほどで、人口比で0.007%しか存在しないことになります。

患者数が少なければ、当然社会の認知度も低くなります。当事者である私ですらも、自分が羅患して初めて病気の詳細そのものや取り巻く環境を知りました。友人たちも名前は知っていたけれども、詳しくはアイスバケツ・チャレンジで知った人、私のカミングアウトで知った人が多くいました。

もしも、アイスバケツ・チャレンジが「何も達成しない活動」と思われる理由として、「長い間治療法が見つかっていない難病であること」だとすると、そこも問題です。どのような研究活動が行われていて、それがどのような展望を持っているのかが見えなければ、その研究活動を支援しようとは思えないからです。

研究活動は試行錯誤の積み重ねで成り立っている

さて、その研究活動ですが、研究テーマを決めて計画を立てればうまくいくものではありません。未知の課題にチャレンジし、膨大な試行錯誤をするから研究なのであって、時にはテーマ設定そのものを見直さなければならないこともあります。

そんな活動で成果を出すには、十分なリソース、つまり研究者と実験環境と時間が必要です。

そして、これらの確保には資金が必要です。

研究投資には合理的な優先順位が必要

たいていの研究活動は大学や企業の研究所で行われますが、組織での活動は全て予算の制約を受けます。能力の高い人やチームほど、予算以上にやりたいことがあって、やりくりに追われます。

やりくりとは、やりたいことの優先順位を付けて、

  • 確実に期待される成果を出すもの
  • 次の成果につながるきっかけを見出すもの
  • とにかくやってみるもの

などに分類し、どこに注力するかを決めることです。たいていの企業では将来の大きな利益につながる成果を期待しますし、たいていの大学では研究の先進性をアピールできる成果を期待します。

たとえば、認知症の患者数は200万人以上(→ ソース)といわれており、またその存在が社会問題化しているので、効果的な治療薬が見つかった時の効果は大きいものがあります。一方、ALSは患者数が少なく認知度も低いため、優先度は高くしにくいのが実情だと思います。

寄付は成果に縛られない資金

そんな状況であっても、「難病に苦しむ患者さんを助けたい!」という感情をベースに研究活動をする人たちもたくさんいます。でも、そういう研究者はアイデアがあるほど研究資金確保に苦しむはずです。iPS細胞の山中伸弥教授が、自らフルマラソンを走って寄付を募っているのは有名です。

まとまった寄付があれば、特にそれが年間予算の枠外の収入であれば、「成果が出るかどうかわからない」試行錯誤に取り組む事ができます。

今回のジョンズ・ホプキンス大学の成果は、おそらく「ぜひ試したいけれども、資金がなくて後回しにしていた」ハイリスク・ハイリターンな研究に、自由に使える資金がついた結果生まれたものと思われます。いずれ行われる研究だったとしても、成果の前倒しができたところに大きな意義があるのです。

アイスバケツ・チャレンジの今後

2014年のアイスバケツ・チャレンジによって、米国では1億1500万ドル(約140億円)の寄付が集まり、その2/3が研究支援に回ったそうです(→氷水かぶりの寄付142億円、世界で1700万人参加)。

これは優秀な研究員を数十人、数年にわたって雇用できる非常に大きな寄付なので、今後も継続した研究の進展が期待できます。

また、残りの1/3は患者のコミュニケーション支援機器への投資や、ALSそのものの啓蒙活動に使われるとあります。

寄付の金額も気になりますが、もっと大切なのは継続的に世間の興味を喚起することにあります。人は皆自分の生活を中心にものごとを考えるので、そこから外れるであろう自分と無関係な難病患者の支援は忘れていってしまうからです。

そんなわけで、米国ALS協会では “The ALS Ice Bucket Challenge is back! #EveryAugustUntilACure” として、病気が解決されるまで毎年8月にやるよ!と宣言しています。

さすがに、昨年のような爆発的な広がりは難しいでしょうが、継続することに意義があります。同時に、世間の認知を拡大するための情報発信も求められます。

日本ALS協会でも有志によるチャレンジがあったそうで、活動を継続しようという意欲を感じます。日本でももっと積極的な情報発信をして、関心を持ち支援してくれる賛同者を増やしていきたいと思います。

 

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