キャリア・ストーリ (8)
人材交流マネジメント
キャリアについて質問されることが増えたので、半生を振り返って記事を書くことにしました。悪いことはだんだんと忘れていくので、良い出来事や自分に都合の良い解釈が多いですが、ご笑覧下さい。
どのように人材育成するか
人材の定着を図るために最も重要なのは、成長機会の提供にあります。大連地区をはじめとする中国東北部の多くの大学では、ソフトウェア開発教育としてコーディング・パターンを教えるものが多く、アルゴリズムやアーキテクチャに関しての理解はよくありませんでした。
また、科挙制度の国ですから、教科書を暗記することは得意でしたが、原理原則に基づいて新しいものを生み出す経験は、乏しいと言わざるを得ませんでした。
こうした環境を日本のエンジニアと比較して非難するのは簡単なのですが、家族的経営で長期で育成すると決めたわけですから、育成方針が問われます。
垂直分業で人材育成
我々は目をつぶって、新卒であっても要件定義以降の設計から開発、テストまでを担当するという垂直分業方針で育成することとしました。
もちろん最初は、重要度の低い保守開発やモジュール開発からはじめました。発注する日本の本社側は大迷惑な話で、日本側の担当取締役でもあった私は板挟みで苦労しました。
ただ大量のWeb画面を短期間で修正するには、人海戦術が有効でした。大連側で工期圧縮とコストダウンが図れるので、日本側での品質保証工数がそれを下回る時期が来るまでは忍耐の日々でした。
人材交流からの成長
日中相互に人材交流を仕掛け、また大連側人材のスキルが上がってくると、少しずつ協力体制が生まれていきました。
大連に長期滞在して技術指導をしたメンバが中心となり、だんだんと日本側も好意的な対応をしてくれるようになりました。同時に大連側のメンバは、仕様書に記載されていない機能要件の暗黙の前提を、質問して理解しようとするようになりました。
また大連側の社内提案で、計画ベースの管理から、作業項目の宣言と日時の活動記録を主体とした管理に移行し、成果を出していきました。いわゆるアジャイル・プラクティスに近いプロジェクト管理をするようになったのです。
私の退任時期と前後して、中国側でほとんどの開発と保守が行われるようになっていったことで、一定の成功を収めたと自負しています。
家族や友人との時間を大切にする文化
中国でのマネジメントで最も苦労したことは、残業や休日出勤に対する考え方への対処でした。実際にずいぶんと残業もしてもらいましたし、炎上寸前だった受託プロジェクトでは、春節(旧正月)休暇の出勤をしてもらったこともありました。
おかげで、故郷の両親に婚約者の紹介ができず、結婚を延期した社員もいたと聞きました。
もともとソフトウェア開発は残業が多い職種と認識されていましたが、それでも残業が長く続くと最悪離職してしまいます。また春節(旧正月)休暇に休日出勤させると、社員の多くが離職を考えるとも言われていました。
その理由は簡単で、家族や友人と過ごす時間をとても大切にするからでした。
当時激務だった私は、独立してからこの意味を深く考えるようになりました。転職が当たり前で家族との時間が大切な社会では、長く残業をさせる会社は従業員が居着かないので、市場から退場させられてしまうのです。
この経験を通じて、人生の優先順位を考えなおし、家族や友人と過ごす時間を第一に考えるようになりました。
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なお、中国での経験はこちらの本の一章としても書かせていただいています。
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キャリア・ストーリ一覧 (1) 大学・大学院まで (2) NEC中央研究所 (3) スタンフォード大学客員研究員 (4) 企業内転職 (5) Web検索事業責任者 (6) ベンチャー企業役員 (7) 中国大連で会社設立 (8) 人材交流マネジメント (9) 大企業の傘下へ・半年の小休止 (10) 経営コンサルタントとして