キャリア・ストーリ (6)
ベンチャー企業役員
キャリアについて質問されることが増えたので、半生を振り返って記事を書くことにしました。悪いことはだんだんと忘れていくので、良い出来事や自分に都合の良い解釈が多いですが、ご笑覧下さい。
小さなASPサービスと希望と情熱だけの会社
2005年1月に転職したデジタルフォレスト社(以下DF社)は、たった25人の小さなベンチャー企業でした。
創業社長の猪塚武さん(現、A2A 代表取締役)が一人で作りあげて、苦労して2001年のITバブル崩壊を生き抜いてきた、ある意味生命力の強い会社でした。
当時、Webアクセス解析サービス Visionalistが急成長をはじめていて、仕事の分量に対して、時間もお金も人も足りず、組織で動くためのルールもなく、あるのは希望と情熱だけという状態でした。そんな中で、社長はCEO業務とCTO業務を分離する必要に迫られていて、私はCTOポジションを期待されて入社しました。
大企業とベンチャーの違い
大企業とベンチャーの違いは何だったでしょうか。最初に痛感したのは、ひとりひとりの役割などという綺麗ごとはなく、会社の生き残りと成長をかけて目の前の課題を拾える人が拾っていくというサバイバル意識でした。
大企業のマネージャーとしては常に業務の質と品位を問われましたが、サバイバル環境にあってはこれは無意味でした。また、意思決定のスピードも要求されました。少ない情報からリスクを判断してその場で行動を決めることを常に要求され、ビジネスマンとしてのOS入れ替えを余儀なくされました。
社長ならびに海外MBAホルダの副社長と、経営の意思疎通と議論が対等にできるようになるのに3年かかりました。
財務諸表が読めないと意思決定できない
痛感したのは、自分の財務会計のスキルが低かったことです。大企業では、とりあえず損益PLが管理できれば担当事業の管理ができます。分厚い資本を背景に、キャッシュフローCFとバランスシートBSの手当は事業部の計画部門がやってくれるからです。
しかし、単体の事業しか持たず手元資金が少ないベンチャーでは、PL・BS・CFが全て頭に入っていないと、資金ショートのリスクが高まってしまいます。
私はサービス開発の責任者でもあったので、開発投資をいつまでBSに残し、いつからPLに移すかの計画と意思決定を、管理部門と連携して行う必要がありました。こうした責任と実力との乖離を埋める努力をしているうちに、財務諸表が読めるようになり、それに基づく意思決定ができるようになっていきました。
人事・採用の責任
大企業では、中間管理職が人材採用の面談や意思決定をする機会はまずありませんが、そこも自分の責任の一つとなりました。
当時のDF社は採用基準を厳しく設定していて、人材紹介会社泣かせでした。私もエンジニア採用のために、数百人を面談したでしょうか (チェックした履歴書はその何倍もあります)。上手く行った採用が多かったと思いますが、正直なところ後で後悔した採用もありました。
自分の決断で採用した人には、活躍してほしいと思うものです。しかし、体力のないベンチャー企業では、社員は業務の中で成長してもらうしかなく、全員がこの環境に向いている人とは限りません。最低限の手当をしたあとは、現場に放りこんで、サバイバルできるかどうかなのです。
そんな環境で、人事も採用も数多くの成功と失敗を経験していきました。人の特性をどうやって見極めればよいのか、また人の人生を一時的にでもお預かりする責任をどう果たすべきか、深く考えるようになりました。
経営がすでに『顧客開発モデル』だった
DF社は結局のところ猪塚さんが持つ広義のマーケティング・スキルと決断力によって成り立っている企業でした。特にプロダクト・マーケティング(いわゆる商品企画)のセンスが優れており、試行錯誤の上で作り上げた方法論は、大企業の常識とは大きく違うものでした。
今から振り返ると、現在一般化している「顧客開発モデル」や「リーン・スタートアップ」手法と全く同じことを社内でやっていたのです。私がスタンフォード大学で経験したUIやソフトウェア設計の手法(いまではデザイン思考として知られています)を、ビジネス・オペレーションとして実践していると、当時は感じていました。
当時「顧客は誰か?どこにいるのか? 課題は何でソリューションはなにか?」とよく問い詰められていましたね。
ベンチャーに転職したのですから当たり前の話ともいえますが、外から眺めて頭で理解するのではなく、身を投じて体で理解したことが、顧客開発モデルの導入支援を自信を持って行える理由になっています。
キャリア・ストーリ 一覧 (1) 大学・大学院まで (2) NEC中央研究所 (3) スタンフォード大学客員研究員 (4) 企業内転職 (5) Web検索事業責任者 (6) ベンチャー企業役員 (7) 中国大連で会社設立 (8) 人材交流マネジメント (9) 大企業の傘下へ・半年の小休止 (10) 経営コンサルタントとして