gentak.info

ALS患者高野元の日常と思考と回想

やりたいことはどうやったら見つかるのか

      2014/12/03

最近の大学生は、就職にあたって「やりたいことはなんですか?」という問いに悩まされるらしい。就職して数年経っても、いや中年になっても悩んでいる人は多いのかもしれない。世の中にはものすごくたくさんの人がいて、モノがあって、機会がある。それを全て理解してやりたいことを選び出すのはとても難しい。人生の中でやりたいことを100個書き出そうとしてみれば、意外と書けないことがわかるはずだ。

最初に言っておきたいが、君たちに投げられる「やりたいことがないといい仕事ができない」とか、「いい人生を送れない」とかいう言葉は、他人にどう見られているかの「いい」であって、しょせん見栄の言葉である。見栄の言葉に惑わされて、他人の人生を送ってはいけない。

大学生の頃に何を知っているだろうか? その時は世間のことをある程度知っているように思うかもしれないが、10年後に振り返れば自分の無知が恥ずかしくなるはずだ。40歳の時に30歳の自分を振り返ってもそう思ったが、人は成長するものだ。成長とは学習または経験から学び、すこしだけ視野が広がり、引き受けられることが増えること。だから、その時までに体験したり知っているものの中から、自分に合うものを10個見つけ出すことならできるだろう。

その瞬間にやりたいことがないこともあるだろう。その時は目の前に現れる壁にぶつかってみればいいのだ。そもそも、やってみないとやりたいかどうかわかるわけがない。

壁はいつでも現れる。時には小さく、時には大きく、その時の成長に必要なものとして出現する。いまこの瞬間にも目の前にあると思ってじっくり周りを見渡してみよう。壁がないと思ってもそれは見逃しているだけで、油断していると通り過ぎてしまう。

しかし、壁が長い間現れないと感じたら、すぐに越えられる壁ばかりになってしまったのかもしれない。そういう時は、そろそろ違う場所に移動する時期が来た、というのは覚えておいたほうがいい。

自分の人生は、彫刻されるのを待つ、切り出した木だと考えよう。一人ひとり、大きさも形も固さも違う。どこから彫っていくのか、最初は大雑把に始まるはずだしそれでいい。目の前の壁にぶつかっていくことで、 木目に沿って彫ったり、逆らって彫ったりして形ができていく。

だから、やりたいことで悩むって、この木をどう彫ろうか立ち止まって悩んでいるだけ。多少は悩んでもいいけど、彫り始めないとどう彫れるかはわからない。

https://www.flickr.comより

彫り始めるには、どういう形にするかを決めないといけない。これは決心であって、見つけるものとはちょっと違う。心の底から湧いてくる気持ちで決心できれば一番いいが、偶然によることも実はとても多い(これについてはまた別途書きたい)。最初から彫る形を決められる人もいれば、何度も削ってみて変えていく人もいるだろう。多くの人は何度も変えている。

例えばイチローは、小学校の時にプロ野球選手になると決めていたそうだ。彼はきっと普通の子供がどう彫るかもわからずに木の表面を撫でていた時から、決心して自分の木を削り始めたのに違いない。早くから決心ができて、それを一生貫ける人は幸せだと思う。

僕はといえば、子供の頃は大工になるつもりだったが、途中から科学者志望になり、大学を出てエンジニアになった。大手企業でそれなりの評価を得ていたが、他人に人生をコントロールされたくないと考えて40歳の手前で転職し、47歳でやっと独立する決心ができた。

彫ってはやり直しの繰り返しで、気づくのが遅かったかもしれないが、50にして惑わず、とようやく形が見えてきたと思っている。それぞれの人に気づくタイミングが用意されているのだと思う。

「人生でやりたいことをどう見つければいいのか?」と問われれば、それは「いま、自分の木をどうやって彫りすすんで行きたいのか?」と質問を変えて考えてみればいい。

最初は他人の真似から始めてもいいけど、真似のままで決心が付かなければどこかで彫るのが面倒になってしまうだろう。そうなったら惰性の人生だ。だから、感触を試しながら少しずつ自分の感覚を信じて彫っていくしかないのだ。その中で最終的な形を決心できる時期が訪れるだろう。

 - 父からの手紙