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ALS患者高野元の日常と思考と回想

テキトー海外旅行のススメ

      2015/07/26

※日本に帰国する飛行機の中で書いたものです。震災が起きてしまってポストするのを躊躇したのですが、これもひとつの意見として出すことにします。

 

今回の東南アジア旅行は、46歳の誕生日を目前にして家族を置いて一人で貧乏旅行するというもので、家族と一部の友人からは密かに心配されていたようです。

振り返ってみると、下記3点が旅を楽しめたポイントでした。

  • 飛行機だけ予約して、あとはホテル含めて現地でテキトーに調達する。
  • 英語がある程度できると、活動の選択肢が広がる。
  • 訪れた国で起きることを受け入れて、その背景(歴史)に関心をもつ。

若い頃(一部は最近)に経験したできごとが、今回も旅の選択肢を広げてくれました。すこし昔を振り返りつつ、若い人達にできるだけ海外で体験してもらいたいことを書くことにします。

私の海外経験概略:

これまで旅行や仕事で訪れた国は、今回の3カ国を加えて14カ国になりました。少なくはないですが威張るほどものではありません。

私がはじめて海外旅行をしたのは1990年です。25歳になる直前で、大学院の修士論文を提出して就職するまでの期間、一ヶ月ほどヨーロッパをバックパックを背負って回りました。なんとなく歴史が好きでギリシアやイタリアの古代遺跡を自分の目で見たかったのです。

その後、30歳を目前に新婚旅行でオーストラリアに行ったり、33歳の頃は仕事の関係でアメリカ・シリコンバレーに1年住んでいました。これまた仕事の関係で、40歳過ぎてから中国・大連と日本の二重生活を送ったりしました。そういえば、インドにも仕事で行きました。

30代は完全にアメリカ志向で、40代でなかば強制的にアジア・シフトしたのですが、東南アジアは殆ど未体験だったので、今回の旅行となったわけです。

バックパッカー旅行の醍醐味:

今回は時間に余裕があることから、バックパッカー旅行にしました。バックパッカーとして旅行するのは21年ぶりで2回目です。大人の事情で帰国日は変更できなかったので、いくつかの都市間の移動の飛行機だけ決めて、あとは現地で好きなように行動するという形です。

バックパッカー旅行といっても、事前に計画は立てます。ただ、現地のできごと次第でいくらでも予定を代えられるのが魅力です。飛行機や鉄道での都市間の移動、都市近郊でのバスでの移動、その日泊まる宿の調達など、その都度自分の頭で考えて(いきあたりばったりとも言うが)行動できます。

もちろん期待通りでないこともしょっちゅう起きます。鉄道のチケットが取れなかったり滞在時間を延長したりして、今回も途中で計画が崩れましたが、飛行機やバスに切り替えて対応しました。

45歳のオヤジがバックパック背負って旅行するか、フツー?と思うかもしれません。でも、一度やっているので抵抗がないんですよね。はじめてだったら、もう勇気がなかったかもしれません。

はじめての旅を思い返すと、ユース・ホステルの狭いドミトリーでいびきがすごすぎて寝れなかったり、安いホテルで水シャワーだったり、いろんな経験をしました。

世界中の人々が、より多くの経験をするために、それほど良くない環境でも楽しんで旅行しているのを知ることができました。年輩の方が少なからずいたことも強く印象に残っています。これが、僕の海外旅行の原体験です。

サバイバル英語で現地の面白スポットへ:

さて英語ですが、僕はたいしたレベルではありません。基本会話はOKですが、ビジネスの場で実践するにはかなり心もとないレベルです。この下手な英語で、日本のツアー会社があまりサポートしない場所に行くのです。

ツアーで囲い込まれた場所ももちろんいいのですが、そうでない場所にはいくつかのメリットがあります。たいていはいろんなモノの値段が下がります。また、いろんな国の人がどのような旅行の楽しみ方をしているのかわかりますし、現地の人との接点も増えます。

言葉が不安だと旅の情報も不安になりますが、不確定な旅ほど「地球の歩き方」があれば大丈夫です。21年前から今回にいたるまで、なんどもお世話になりました。もちろん、地球の歩き方に書いてあるゲストハウスに泊まろうとしても、モトバイクの青年に別のところを勧められてそのまま泊まったり、電話で空きを確認したのに現地についたら「今日は満室」と断られてとなりのゲストハウスに泊まることもありました。

そんなこんなでやり取りする旅の会話は、ほとんどがおそらく中学2年生レベルの英語でまかなえているはずです。使う動詞も、ほとんどが have / take / get の言い回しですし、関係代名詞と過去完了形とか使わないですから。

それでも最初の頃を思い返すと、英語のコミュニケーションはほとんどできなかったのです。僕にとっては、一つ一つの旅行体験が、英語上達のモチベーションとなってきたのですね。

各国基準を知り、受け入れる:

日本は街は清潔だし、物事も正確で犯罪も少ない、ほんとうに良い国です。社会の仕組みや習慣が、こうした安心感を生むわけですが、日本にいるとこれが当たり前に感じます。これが「おもてなしの心」や「空気を読む」ことに繋がっているのだと思います。

しかし一歩国外に出ると、日本と同じ基準で行動して安心な国はありません。例えば、アメリカには生命のリスクがある地区が普通に都市に隣接していますし、大抵の国で窃盗や詐欺は当たり前です。また、ホームレスや物乞い、小さな子供を働かせる物売りへの対応も頭を悩ませます。

これが訪れた国の現実なのだから、受け入れて対応するしかありません。日本とは社会が担保してくれるリスクの範囲が違うので、担保されないリスクは「自己責任」でカバーするしかないのです。

この自己責任の範囲が分かってくると、旅の不安が軽減されます。リスクの範囲を承知したうえで、過度でない適切な準備をしておけば、旅もおおらかに楽しめますから、自然と視野が広がります。僕は海外旅行に行ったときには、多少の金銭や時間の損失は許容していて、身体に危害がなければよしという考えです。

頭が柔軟なうちに、実際に行ってみて、いくつかの失敗も体験することが、相手国を理解するモチベーションとなります。僕は、さまざまな好奇心に基づいて各国に興味を持ち、体験しているうちに「ものごとの許容範囲=自己責任の範囲」が広くなりました。

おわりに:

今回の旅行を通じて感じたことを書いてみました。若い頃に体験したバックパッカー旅行が、私の海外への抵抗感を下げ、本当はあまり好きでない語学へのモチベーションとなりました。また、その後の海外体験が、自己責任の範囲を広げてくれました。

今の日本は閉塞感がただよい、将来への不安が膨らむばかりなので、「自己責任の範囲を狭くする=なんでも他人や制度のせいにする」風潮が強まっていると感じます。

これから日本社会もどんどんグローバル競争に巻き込まれるわけで、中国や東南アジアほかのハングリーな若者たちと互していかなければなりません。若い人達は、いまのうちに、他人のせいにできないテキトー海外旅行をして自信をつけて、視野をひろげて自己責任の範囲について考えてみてはどうかと思います。

 - アジア旅行, 父からの手紙