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ALS患者高野元の日常と思考と回想

その場所に立つということ

      2015/07/08

photo credit: Swimmy Fishes via photopin (license)

女子ワールドカップの決勝は、残念ながら大差で負けてしまいましたが、世界一決定戦の準優勝です。4年前のワールドカップ決勝、ロンドンオリンピック決勝、今回と、3大会連続で世界大会の決勝に進出するというのは本当にスゴイことです。

世界最高の舞台に立つことがかなわない我々一般庶民は、そこに立つ人たち(今回はなでしこジャパン)を応援するか評論するしかありません。

それでも日常を見渡してみれば、一人ひとりには立つべき舞台が用意されていると思うのです。それはチャンスとして目の前を通り過ぎています。

今回は、目の前を通り過ぎるチャンスをつかむ=「舞台に立つ」ことについて書いてみます。

チャンスは求める人にしか見えない

チャンスとは少し難しい課題

なでしこにかぎらず、大舞台に立つまでには、少年時代に地域の試合で頭角を現し、より広い地域から全国で活躍して、と数多くの段階を踏んでいるはずです。

勉強や仕事も同じで、だれでも最初は簡単なことから取り組むはずです。それができるようになれば少し難しい課題にチャレンジする、の繰り返しで成長していきますよね。

私は、この「少し難しい課題」がチャンスなのだと考えています。学生時代は、定期テストや入学試験のようなわかりやすい関門が全員に用意されているので気づかないかもしれませんが、これもチャンスです。

一方、社会活動は多岐にわたり日々変化しています。そうすると、自分に関わりのあるできごとも日々変化していることになります。ここに自分にとって「少し難しい課題」が含まれているなら、日々チャンスが生まれていることにならないでしょうか。

チャンスに気づくには

しかし「少し難しい課題」に気づくためには、現状を知った上でその課題について日頃から考えておく必要があります。考えるとは、課題を何種類もシミュレーションしておくことかと思います。

例えば、英語の習得を例に取りましょう。まじめに英単語や例文を覚えても、実際の会話の機会に乏しく度胸がつかない、とは日本の英語教育の課題としてよく指摘されます。

そんな時、学校や職場にアメリカから来たジョージ君がいたとしたらどうしますか?

「外国人と知り合う機会がほしい」と考えていた人は、自らジョージと友だちになろうとするでしょう。チャンスを掴む人は、自分で掴み取りに行くのです。

チャンスに目をつぶる人たち

さて、「チャンスはいつでも目の前を通りすぎている」という話をすると、たいていの人が「チャンスは選ばれた人にしか来ないですよ」と言ってきます。そこで「あなたにとってのチャンスとはなんですか?」と聞くと、多くの人は首を傾げてしまい、誰かが得たチャンスを引き合いに出します。

現状に妥協して日頃から課題について考えていないので、チャンスに気づかないのです。

こんな人は、チャンスが目の前で立ち止まって手を振ってくれても、「自分はまだ準備ができていないから、つかむには早過ぎる」という言い訳をして、目をつぶってやり過ごしてしまいます。

先の例で言えば、「自分は英語ができないから恥ずかしい」という理由でジョージを避け、ジョージと仲良くなった同僚を見て「彼は英語ができるからね」と言い訳するようなことです。ジョージと仲良くなるから、英語が上手になるんですけどね。

チャンスに溢れる場所を選ぶ

いまや情報があふれていて、自分にとっての「少し難しい課題」も目の見えるところを流れて行きます。でも、それが手の届かないところを流れていくのであれば、つかむことはできません。

チャンスをつかむには、それがたくさん押し寄せてくる環境に身をおいた方が有利です。年に一回しかチャンスが来ない場所と、毎日一回チャンスが来る場所を考えてみましょう。

前者は周りがみんなつかもうと狙ってきます。その中で卓越しないとつかめない。後者ならたくさん流れてくるので、自分一人しか取りに行かないことすらあって、つかみどりできます。

場数を踏まないと自信はつかない

卓越して少ないチャンスを掴むのも、チャンスの波に翻弄されるのも、実際にはどちらも大変ではあります。

チャンスを自信に変えるという視点で捉えると、次の3つの段階があると考えます。

  • 自らチャンスを見つけ、自ら獲得する
  • 課題や困難にぶつかっても、解決して克服する
  • 最終的に望む結果を実現する

これらは階段を上がっていくようなもので、周囲の環境などの運の要素もありますから、常にこの3段階を達成できるとは限りません。でも、最初の1段階あるいは2段階はクリアしたと思うことができれば、小さな自信を得ることができます。

困難を克服したが結果は不十分なものだったとしても、多少の困難は対応できるという自信をつけて、次はいい結果を出そうと新しい課題を見つけることができますね。

10の練習より1の真剣勝負

予想される課題や困難を克服するために、十分な準備をするのは当然のことです。しかし、準備ばかりしていても経験も自信もつきません。

私は大学生の頃テニス部にいて、春と秋の理工系大学リーグという団体戦の勝利が命題となっていました。部内のトーナメントに勝ち抜かないとこの団体戦には出られません。春の部内試合であと一歩で選手になれなかったとき、あと一歩で勝ち抜いた奴は、リーグ戦で厳しい試合を何試合も経験します。そのあと、夏の部内試合で再戦すると、もう歯がたたないという経験をしました。

いくら練習をしても、真剣勝負を重ねてきた人の経験と自信にはかなわないのです。

テニスの才能はまるでなかった私は、この経験から社会人になる時に、仕事では機会を常に自ら求めようと密かに決心したのでした。。

まとめ

チャンスとは少し難しい課題であり、自ら考えて適切な場所を求める人だけがつかむことができるものです。

つかむチャンスの大きさは人それぞれであってよく、周囲からみた評価に惑わされることはないのです。そして、その積み重ねがいずれ大きなチャンス=大舞台へと押し上げてくれるのだと思います。

Jリーグの蔭に隠れて十分な環境が整わない中で、自ら真剣勝負の場を求めてひとつひとつ経験と自信を養い、より大きな舞台を目指して実際にこれを引き寄せたなでしこジャパンには、敬意をもって賞賛の気持ちを表したいと思います。

 - 父からの手紙