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ALS患者高野元の日常と思考と回想

大連からのメール

      2017/01/16

私は以前、中国の大連でソフトウェア開発の会社を経営していたことがあります。日本本社が提供する、ASPサービスの開発を分担することを目的とした開発子会社でした。

主に人事採用を担当してもらっていた当時の部下のJさんから、年始の挨拶メールが来ました。
そこには、知り合って10年と書いてありました。そうかぁもうそんなになるのかぁ、ととても感慨深いです。私は5年前に退任したのですが、それからも時々近況を知らせてくれています。

Jさんは、とても美しい日本語を話すだけでなく、仕事も良くできる人でした。会社が立ち上がる前の採用活動だったことと、すこし待って欲しいと言われて1ヶ月ほど連絡がなくなり、諦めかけました。いつまでも待てないので、次の採用活動を準備し始めたところで、入社しますと連絡が来て、その日はとてもほっとしたのを覚えています。

今回は、総務、出納、通訳をそれぞれ担当してくれた、管理部の女性社員の近況も知らせてくれました。当時は独身だった人も含めて、今ではみな一児のママです。こうして、関わった人たちが成長して幸せの階段を登っていくのを見るのは、いつでもとても嬉しく思います。

開発支援の通訳が不足して、求人をかけた時がありました。Jさんから、いい人がいますと大学の後輩のPさんを推薦したいと言ってきました。どんな人か聞くと、「とても品質の良い人です」と返事が。おそらく中文での「優秀」を訳したと想像しますが、Jさんには珍しい日本語だったので、思わず爆笑してしまいました。ゴメンね。

さて、そのPさんですが確かに品質の良い人で採用を決めたのですが、一つ問題が。とても可愛い人だったのです。採用担当に3日ほど待ってもらい、外見でなく能力のポテンシャルを信じての採用かと自問自答しました(男ってほんとバカなんで)。そんなPさんですが、日本から技術支援に送り込んだ男性社員と結婚しまして、わたしはまた一つ天国への階段を一歩登りました。

さて、中国語では「可愛」をよく使います。退任する時に社員たちがくれた手紙があったのですが、その中で総務担当のWさんからけ、「日本のことは好きではありませんでしたが、印象が変わりました。」とあり、私のことを「可愛」と言ってくれました。ニュアンスとしては、素敵な人といったところでしょうか。個人としてもですが、日中友好に貢献したな、と嬉しかったなあ。

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会社の上司部下の関係がなくなってしまっても、こうして連絡がもらえるのは、本当に嬉しいことです。日本国内ならFacebookなどでつながりをたもてますが、中国では閲覧が難しいので、近況を伝えるのが難しいのが残念です。いずれ東アジアの関係が落ち着く時が来るでしょう。その時を見届けたいものです。もう一度人生の一部を共有したみんなと会いたいです。

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