ALS進行と療養の経緯(14)~2021年

発症と療養の経緯

今年も一年生き延びました。

支援者の皆さん、日本ALS協会神奈川県支部の皆さん、川崎つながろ会の皆さん、神奈川県庁のみなさん、その他つながっている皆さん、私に関わって下さる皆さんのおかげです。

2021年の最大のイベントは、家の引越しでした。年初に決心して、年末にようやく引っ越しました。詳しくは別エントリを書いたので、ご覧ください。

体の維持と変化

幸運なことに、進行はほとんどなくなった感じです。

動く箇所はそれなりに動き続けてくれています。もちろん重力に逆らえるほどの筋力はないのですが、生活のなかで動かしている箇所は、維持できている感触があります。

呼吸機能は、

  • 自発呼吸(VC)は1100cc前後
  • 強制吸気量(LIC)は4600cc前後

を維持しています。呼吸機能の維持に取り組んできた内容は、下記をご覧ください。

立位をとったり食卓への移動などの全身の筋肉をつかうときは、ときどき酸素不足を感じることがありますが、すぐに回復するので心配はしていません。これは呼吸機能が落ちているのではなく、心臓が血液を送り出す機能が落ちているのかもしれません。運動したい(笑)ところです。

体重も63キロ前後で安定しているので、栄養管理もうまく行っているようです。
ときどき口や飲み込みがうまく行かない時期がやってくるのですが、めげずに食べ続けているとそれなりに回復するので、頑張っています。

パソコン体制や操作も、変わらず維持できています。

介護・看護体制について

重度訪問介護の支給時間は約800時間を支給されていますが、ヘルパーの確保に苦労していて使い切れないままで、妻の負担をなかなか減らせません。

2020年に開設した「そうはつ介護ステーション」は、自薦へルパーの受け皿として機能していますが、ほかの患者さんへのサービス提供はまだ実現には程遠く、覚悟が足りないなぁと反省するしかないです。

学生アルバイトヘルパーも活用したいところですが、2年間勤務してくれた2人が無事国家試験に合格して、3月に卒業していきました。8月に「境を越えて」の体験プログラムを手伝ったところ、アルバイトしてみたいという学生が現れまして、大事に育てています。

重度訪問介護ヘルパーは常に募集しています。

訪問医師・訪問看護・訪問リハの体制は安定していて、体調管理の苦労はほとんどありません。

 

精神的なこと

気持ち的には健康、と言いたいところですが、一年を通して低調でした。

コロナ禍でリアルに人と会えなかったことが大きいですが、後述するように色々ありまして7-8月はかなりダメでした。SNSもめんどくさくなり接触時間をかなり減らしました。

ちょうど7月末に引越し先の物件が決まり、8月にはリフォームプランを立てなければならなかったのですが、上手く進められず苦しみました。

9月くらいから回復しだして、なんとかなるようになりましたが、ご迷惑をおかけした方も多かったのではないかと思います。

社会参加について

講演活動はペースダウンしていましたが、結局8回の機会がありました。ありがたいことです。

新しい視点を提供できたかなと思えたものとしては、

  • 7月の日本難病看護学会のシンポジウムでは、ヤングケアラー問題について我が家の事例を紹介
  • 11月の日本医学哲学倫理学会の特別講演では、終末期の前にある安定期の尊厳とはなにか、わたしの事例を紹介

の2つでした。

ほぼオンライン開催でしたが、年末の看護学生への講義は対面になり、直接質問などのやり取りができて楽しかったですね

 

患者会活動は、日本ALS 協会神奈川県支部も川崎つながろ会も、オンライン開催が中心でした。なかなか、直接会って励まし合うことはできませんでした。

それでも、11月に感染状況が落ち着くと、川崎つながろ会の有志で、常設店となった分身ロボットカフェに行きました。

患者会関連で、個人としてのポリシーに反するので通常はやらないけれど、誰かがやらないといけない仕事を引き受けました。予想はしていましたが、負のエネルギーに接する必要があり、気力を奪われることもありました。それでも、自分が正しいと思うことを発言するうちに、事態は少し変化したようで、2022年はその回収に努力することになりそうです。

神奈川県の共生社会アドバイザーの仕事も継続していて、重度障害者の療養の課題を関係部署に伝えたり、広報活動に協力したりしてきました。「ともに生きる」Tシャツは、「ともに生きる社会かながわ憲章」を着ることで賛同の意思表示ができるのでとても良いグッズでした。

仲間の死について

身近に感じていた仲間の死が続きました。

川崎つながろ会関連では、2020年末にSさんが突然亡くなり、その後何ヶ月も無力感に苛まれました。11月には毎回オンライン参加してくれた京都のMさんが突然亡くなり、12月にはつながろ会初期から参加してくれていたOさんが突然亡くなりました。Oさんは、かなり難しい国家資格に挑戦していて、合格したばかりでした。

患者仲間で同い年の埼玉のNさんも6月に亡くなりました。以前つながろ会にも来てくれて、そのうち埼玉にも行きますねと約束していたのに、果たせないままでした。

クリスマスイブには、海老原宏美さんが入院先の病院でなくなりました(全国区で積極的に発信されてきたので実名にしました)。前日まで治療の様子を詳細にFBに投稿されていました。

海老原さんが理事を務めていた「NPO法人境を越えて」のプロジェクトに参加させてもらったこともあり、2022年にはたくさんお話させて貰う予定でした。残念です。

みなさん生きる気満々だったと思います。人はいつか死ぬものですが、難病であっても健常であっても思うようにならないものですね。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」という気持ちで日々を送りたいです。

創薬の兆し

ALS の創薬研究は、随分と進んできたように思えます。

そのなかで、iPS細胞を用いた既存薬スクリーニングという手法を用いて、京都大学iPS研究所の井上治久教授のグループが白血病治療薬のボスチニブがALS にも有効と発見しました。第1相試験を行ったところ、十数名の対象のうち数名が進行の停止を認めたとの発表がありました。

井上教授のお話を伺ったことがありますが、ボスチニブは運動神経の脱落の原因ではないかと言われる、異常凝集したTDP-43タンパク質の排出にも効果があるかもしれないとおっしゃっていました。これは、大いに期待できそうです。

私は、ALSが治るとは運動神経の寿命が通常に戻るということだと考えています。
進行が止まったということは、そういうことが起きたということかもしれません。

不確実な未来を信じる

進行が遅くなり、体調が安定していることで、様々な社会参加ができました。2022年もできるだけ続けていきたいものです。

考えたくないですが、死は直ぐ側にあると再認識した1年でもありました。できることなら、死の直前までなにかに取り組む療養生活でありたいと思います。

そうした日々の積み重ねが死までの期間を伸ばしてくれて、そのなかでALS が治る未来とシンクロできたらと期待しています。

みなさんのご支援が力になります。2022年もよろしくお願いします。