新国立競技場建設について思うこと

日常生活, 起業・経営

2520億円で現行デザイン案に決定、ということでいまや安保法制以上にホットな話題になっているのが、新国立競技場建設問題です。

あまり政治的な話題はオンラインでは控えていますが、本件は税金の使い道や経営について考えさせられる話題なので、書くことにしました。

各種報道の要点

日々新事実が明らかになっているわけですが、これまでの報道で私が重要と考えるものをピックアップします。

新国立競技場 コスト確認せず決定か

それぞれのデザインで技術的に建設が可能かどうかのチェックはされましたが、設定したコストに収まるかどうか確認していなかったことが、関係者への取材や当時の資料から新たに分かりました。

この報道が事実だとすると、予算1300億円とした募集要項を満たさないものを選出したということになり、この意思決定は無効にするのは筋ではないでしょうか。

新国立競技場、国内外で群を抜く高額に

新国立競技場の整備費2520億円は、近年開催された夏季五輪のメーン会場や国内の主要スタジアムと比べて群を抜く高額となる。

他事例と比較して2-3割高額というなら円安などの影響といえるかもしれません。しかし、北京五輪鳥の巣の約5倍、ロンドン五輪スタジアムの約2.5倍の費用となっており、そのための説明責任を果たすのが筋です。

新国立維持費1046億円に膨張 五輪後 年20億円の赤字

維持管理費として五十年間で千四十六億円が必要になる見通しも判明。一方で、年間収支の黒字見込みは三千八百万円しかなく、実質的に毎年二十億円程度の赤字となる恐れがある。

当初の建設費予算1300億円を1000億円以上オーバーしたことを百歩譲っても、そもそも売上見込が乏しいところに維持費負担が大きく増加して、ひどい赤字経営になっている点は見逃せません。建設費の増加は、寄付や他の収入を融通することで対処する考えも理解できますが、維持費を賄えないということは毎年確実に税金が投入されることを意味します。

企業での起案だとどうなるか

先に述べた論点を、企業経営の文脈で言い換えると下記のようになります。

  • 予算を超えた発注を、予算承認権限のないメンバーが承認した。
  • 相見積(他スタジアム事例)を無視して、恣意的な費用見積もりを承認した
  • 初期投資と維持コストを回収する見込みが無い事業計画を承認した

通常の会社なら、本プロジェクトの起案は差し戻しになりますし、そもそもこのレベルで起案提出した管理職は、その能力を問われます。

この内容であっても取り組むケースは、企業の長期的な価値をアップする投資であると認められる場合です。

本プロジェクトを推進している政治家や建築家のみなさんは、おそらくこれを言いたいのだと思います。

こういう時はビジョンを確認するべきなので、「平成27年度文部科学関係予算(案)のポイント」という文書から抜粋してみました。

教育再生実行会議の提言等を踏まえ、我が国にとって大きな転換点となるオリン ピック・パラリンピック東京大会開催の2020年までに「家庭の経済状況や発達の 状況などにかかわらず、学ぶ意欲と能力のある全ての子供・若者、社会人が質の 高い教育を受けることができる社会」を実現することを目指し、その取組を軌道 に乗せるとともに、教育、文化・スポーツ、科学技術イノベーションを通じた地 域や日本の再生を目指す。

 

文科省のビジョンは、人材教育とそれを取り巻く社会の再生にあるように見えます。

常識を大きく越えるハコモノへの投資は、このビジョンにあっているとは思えません、

ただし、毎年5.3兆円ほどの文科省予算において、毎年800億程度(2500億円を3年で分割支払いすると仮定)の費用は1.5%程度です。マクロな視点で予算を組んで執行する政治家や官僚にとっては、誤差の範囲なのかもしれません。

もう一つ重要な視点は、日本という事業体は毎年収入の2倍お金を使う世界有数の赤字経営国家で、すでにBSが大きく毀損しているので、少しでも無駄金は使うべきではないということです。国家予算、GDPの規模から考えて、ギリシャ問題の比ではありません。

通常の企業の健全な取締役会であればこの点を強く意識するはずで、政治家が集まる国会が取締役会に相当するはずなんですがね。

毎年32億円あればなにができるか

当初予算や2014年段階の維持費見積もりを基準とすると、

  • 建設費は1200億円(50年で毎年24億円の減価償却)の増加
  • 維持費は50年で400億円(毎年8億円)の増加

となるので、概算で毎年32億円のお金が新国立競技場の当初予算超過分で消えていく計算になります。

国家予算や各省庁の予算規模からすると微々たるものです。しかし、税収で経営される国家なら、まっさきに削減すべき費用であることに異論はないでしょう。

とはいえ、個々の受益者にとっては十分すぎる金額なので、リアリティを持ちやすい具体的事例で考えてみます。

大学・大学院の奨学金制度充実

先の文科省のビジョンに、「家庭の経済状況や発達の 状況などにかかわらず、学ぶ意欲と能力のある全ての子供・若者、社会人が質の 高い教育を受けることができる社会」とありました。すぐに思いつくのは、大学・大学院の奨学金です。

育英会奨学金は貸与であって、すでに住宅ローンを越える利子率となっていて、経済的に困窮する人材を支援する制度としては機能しないと考えてよいでしょう。

一人年間60万円を支給するとすれば、32億円で5500人程を支援できます。大学の定員が58万人(平成23年度文科省データ)なので、全国で1%ほどの学生を支援できます。

先端技術分野への投資

先の文科省のビジョンでは、「教育、文化・スポーツ、科学技術イノベーションを通じた地 域や日本の再生を目指す。」という記述もあります。経産省のイノベーション投資との関係もありますが、例えば次のような支援先が考えられます。

  • iPS細胞研究の促進: 研究員のコストを3000万円/年人と置くと、毎年100人の研究員を雇用することができます。
  • 人工知能関連研究の促進: これも同様に考えて、毎年100人の研究者やエンジニアを雇用することができます。

監督省庁が厚労省になりますが、ALS患者である自分に関連が深い福祉行政でも考えてみます。

いわゆる難病といわれる特定疾患医療受給者証所持者数は85万人ほどです。2015年から適用質病の拡大とともに、疾病によっては医療費の自己負担率が上がったものもあります。32億円あれば、一人あたり年間3200円を支給できます。

おわりに:40代から50代の役割

さて、こういうよくわからない決済は、じつはいろんな企業で発生しているのではないでしょうか。

私自身も、10万円の費用削減をみんなでやっているのに、決済権がないはずの偉い人が回収見込みの無い億単位の投資を決めてしまい、現場の苦労は水の泡という経験があります。その投資をボーナスに回せば、一人数千円上がったのに。。

無責任な意思決定は、大きな負債を次世代に押し付けることになります。我々アラフィフ年代は、こうしたできごとを起こさないように、自らを律し上の世代の暴走を止める役割をはたさないと、自分の子供や孫の未来が暗澹たるものになると考えます。

今回の新国立競技場の問題は、個別の問題というよりは、世の中の変化を捉えきれない老害問題や、それを止めない中年の問題と捉えて、一人ひとりがなにをすべきかを考える材料にすべきではないでしょうか。

最後になりますが、デザインの是非は本論と関係ないので触れずに来ました。好き嫌いは別にして、ハコで日本の底力を示したいという意図は理解できます。その路線であれば、国土交通省の予算で新しいまちづくり事例として取り組めば筋が通ったのではないかとは思います。

名誉職として足跡を残したい方が、文教族の鈍ではなく国交省の丼であればよかったのかもしれません。。