50歳の誕生日を迎えました
先週の3月31日の夜に、50歳となりました。
いろんな意味で節目となるのが50歳ですが、世間一般の感覚からすると、
- 中年期の後半に突入するも、まだまだ元気
- 100歳まで生きるなら折り返し地点、75歳まで生きるなら3分の2を経過
- 会社では、次の立ち振舞を考え始める時期
といったところでしょうか。
前職をやめたとき(45歳10ヶ月)に、50歳までに50代に注力できるテーマを見つけようと考えて、いろんな機会を見つけて人に会ってきました。おかげさまで、50代はこうしようという目標もほぼ定まっていました。
私が普通の50歳と違ってしまったのは、ALS (筋萎縮性側索硬化症) 患者になったという点です。すでに障害者認定を受けており、いずれ高度障害者になるでしょう。
私にとって「よく生きる」とは
とはいえ、これまでにも増して「よく生きたい」という気持ちが強くなっています。単位時間あたりに可能な行動はどんどん少なくなっているし、できないことも増えている分、却ってそう思うのです。
私が自分にとって「よく生きる」ことはなにか、を考え始めたのは30代中盤ごろからです。その後、いろいろと考えた結果がシンプルにまとまってきて、
- 好奇心を追求して、死ぬまで学び続けて向上すること
- 人との交流を大切にして、お互いに良い影響を与え合うこと
に集約されてきました。
元気であれば、地位やお金など煩悩系のものも含めて、やってみたいことはもちろんあります。しかし、これからは自分にとって「よく生きる」ことにフォーカスして、できることを見つけてやっていこうと思います。
50歳の誕生日パーティを開催
昨年秋にALS告知を受けたあと、さまざまな友人が会いに来て励ましてくれました。小学校から現在に至るまで、実にさまざまな属性の友人がいるのだなと再認識しました。出会った時期も場所も違うので、当然それぞれの接点はありません。
年末に振り返ってみて、これはみんなを混ぜあわせたいなと思いました。ちょうど50歳になるから、これをネタにパーティをやればいいかなと、親しい友人数人に声をかけて企画をはじめて、先日4/4(土)に開催してもらいました。
結果として150人近い友人が集まってくれました。以前書いたキャリアストーリーのどこかに関わりがある人達です(残念ながら、中国の元部下はさすがに声がけできませんでしたが)。
第1部では、寸劇を交えつつハッピーバースデー♪ を歌ってもらい、さまざまな人がメッセージを送ってくれました。
前職のデジタルフォレストの取締役としてお世話になった猪塚武さん(当時社長、現在A2AグループCEO)からは「iPS細胞治療の可能性には期待できる」、西野伸一郎さん(当時社外取締役、富士山マガジンサービス代表取締役)からは「日本のホーキングになってもらおう」と励ましてもらいました。
日本のホーキングとしてメジャーになったあとに、最先端医療をうけて治癒するっていうのは、2度美味しい話で願ったり叶ったりですね。
近況としてお話したこと
既に会話が困難になっているので、MacOS標準搭載の音声合成機能を使って話をしました。前日までにプレゼン資料と原稿を作って、当日はそれを読み上げるカタチですが、結構うまく行きました。
お話したことは、次のような内容になります。
(1) ALSの概要と、現在の自分の進行状況
(2) 50代をどう過ごすつもりだったか
(3) ALSプレミアム
(1)は日頃ブログに書いているので、(2)と(3)を簡単に紹介します。
50代をどう過ごすつもりだったか
仕事は、いま手がけている事業開発コンサルティングを軸に、ファシリテーションの仕事を増やすつもりでした。とくに、時代の変化に対応できずに、閉塞感が強まっている企業や、地方に出かけていって、対話を通して人の力を引き出すお手伝いをしたいと考えていました。そのために、昨年イノベーションファシリテータの資格を取りました。
次に、60歳を過ぎたら木工作家になろうと思っていまして、空き時間を使って10年間修行するつもりでした。人生振り返ってみると、本来クリエーター志向だったはずなのに、一回もクリエーターとして生きてこなかったので。
あとは、できるだけ世界を旅して、死ぬまでに世界遺産を100箇所見るのが夢でした。現在35箇所なんで、毎年3から4箇所見ていけば、20年で達成できます。
10年後の60歳からは、木工作家になって、半分旅して半分作っている生活にしたかったんですよね。
ALSプレミアム
病気の告知を受けて、次のようなことを考えました。
- かわいそうな人扱いは、 されたくない
- 病気を深く理解して、周囲に知ってもらいたい
- やりたいことのWHYは捨てない。それでもできることはなにか?
- 友達にはできるだけ 会っておこう
少しずつ情報発信を続ける中で、以前よりも親しくなって協力してくれる友人も増え、今回のパーテイも予想よりもずっと多くの方が集まってくれました。
これって、病気になったことによるプラスの効果で「ALSプレミアム」と呼んでいます。
僕がALSになったのは、魂の修行の一環であって、その影響は今世以降に現れるのでしょう。
病気の分、通常では手に入らないできごとが起きているので、それに感謝して生きたいと思っています。
おわりに
私の50歳は、とても幸せなスタートが切れました。病気は大変ですが、周囲に助けを求めつつ、日々よく生きられるよう努力を続けます。
この後には、第2部としてフューチャーセッションを開催したのですが、その内容はあらためてご紹介します。