【応援】こころをつなぐロボットOriHime
「OriHime開発のアドバイザーになっていただけませんか?」と、自宅に来てくれたオリィ研究所の吉藤健太郎さん(以下、オリィさん)が言ってくださいました。ALSの進行ため家にいる時間が長くなって少々暇を持て余し、また新しいサービスやデバイスが好きな私は、「それはもう、喜んで」とふたつ返事をしました。そこから私とOriHimeの関係が始まりましたが、実はOriHimeのことは表面的にしかわかっていませんでした。
先日オリィさんが湯川塾で講演するということでお手伝いをしたのですが、OriHimeがもたらす本質的な価値を体験して深い感銘をうけたので、その辺りを書いていきます。
遠隔コミュニケーションロボットOriHime
オリイ研究所のサイトにあるOriHimeの枕詞は「遠隔コミュニケーションロボット」です。20cm程度の小さな筐体を、机の上などにおいて使います。動くのは、首と両手の3箇所しかありません。
写真を見るとわかるように、非常にシンプルな筐体です。他のロボットと違い、個性らしい個性がないところが特徴といえます。また、首と腕を動かすことで見せてくれる表情が、以外に豊かなことにも驚かされます。
注目したいのは、このOriHimeは自律的に何かをしたり人間に応答してくれるものではなく、遠隔地からインターネットを経由して操作ができるという点です。OriHimeの目を通した映像を見たり、マイクに話しかけた声はOriHimeから流れます。テキストメッセージを送信すれば音声合成で読み上げてもくれます。
湯川塾で起きたこと
湯川塾というのは、ITジャーナリストの湯川さんが主催する勉強会です。湯川さんがその時に興味を持つテーマの第一人者を招いて話を聞き、参加者を交えてディスカッションする形で、1テーマ6週程度の構成をとっています。私自身も過去に3回ほど参加していて、塾のOB・OGで作るコミュニティでいろんな人達と交流していましたが、ALSの症状が進行するに連れてお付き合いの頻度は急速に減っていかざるをえませんでした。
そんな湯川塾は、最近ロボットや人工知能をテーマにすることが多く、今回OriHimeの開発者であるオリィさんも講師として呼ばれることは伝え聞いていました。そんなタイミングで冒頭のやり取りがあり、「じゃあ、その回は高野さんが操作してくださいませんか?」ということになりました。
事前の打ち合わせで、私が操作していることは前半は伏せられていました。適当に操作して、湯川さんや参加者、事務局の面々の様子を観察していましたが、オリィさんのトークが面白すぎることもあって、どうやらOriHime自体への興味は薄いようでした。
「実はOriHimeを操作しているのは高野さんです。」と私のFacebookページが映された瞬間に、友人でもある湯川さんと事務局のメンバが反応しました。おそらく参加者の方は「誰だこのおっさん?」だったと思いますが、遠隔で映像を見ていた私にも場の空気が一瞬で変わるのがわかりました。
そのあとは、OriHimeを動かすたびに注目が集まるようになりました。参加者の方には、OriHimeで目が合うと(合ったように感じると)手を振ってくれる方もいらっしゃいました。もちろんこちらも手を挙げて応答するわけですが、実際に初対面の方と交流するような楽しさがありました。
私をよく知っている湯川さんと事務局メンバに後で聞いたところ、もうそこには私がいると感じていたそうです。そんな感情の動きは、遠隔でOriHimeの中継画像を見ている私にもはっきりと伝わってきました。
OriHimeのアフォーダンスとデザイン
UI/UXの世界にはアフォーダンス(affordance)という言葉があって、「人と物との関係性をユーザに伝達すること」という意味になります。わかり易い例だと、スマホアプリのボタンのデザインが「押すとなにか起きますよ」という意味を伝えているというのがあります。
OriHimeはなんとなく人型をしていますが、そのままではなにをしてくれるデバイスなのかよくわかりません。いわば、アフォーダンスに乏しい状態です。しかし、それを操作している人間のアバターであることがわかると、「相手とコミュニケーションできますよ」という関係性が伝達されます。
そうなるとOriHimeのデザインが重要になります。コミュニケーションできるとなると、自然に頭のなかには相手の顔や振舞が浮かびます。もしも、映像などでコミュニケーション相手を忠実に再現しようとするロボットなら、頭に浮かんだイメージとの些細な違いがストレスとなり、結局はがっかりしてしまいます。
OriHimeは大胆に機能を削り、デザインも極めてシンプルです。これによって、頭に浮かんだ相手のイメージをOriHimeの振る舞いと比較することなく、むしろ自分が見たい相手のイメージを投影しやすくしているのだと思います。能面が角度によって表情を変え、見る側の創造力を掻き立てるのと似ています。
前述の湯川塾で起きたことを振り返ってみると、OriHimeを見ているそれぞれの参加者が、頭のなかに浮かんだ私のイメージを投影してくれたのでしょう。一部の事務局メンバは私の存在を身近に感じて感極まってしまったようでした。それを見ていた私にも、その感情は伝染してきました。
これは直接話している時以上に、感情を刺激するコミュニケーションだった気がします。なぜなら、その一人とはごく最近直接会って話をしたばかりだったのですから。
オリィさんのWHY
さて、オリィさんは、なぜこのようなロボットを作ったのでしょうか?
彼は幼少期に体が弱かったために学校になかなか行けず、引きこもりのような状態だったといいます。そこから今に至るストーリーは、すでにネット上でも数々公開されているのでそちらに譲るとして、少年時代に感じた「孤独」をいかに解消するかを、一生かけて追求するテーマと設定したそうです。
彼のWHYは、「病気や障害などの原因で社会との関係を築くのが難しい人たちが孤独にならないようにする」というところにあります。人工知能で人間の代わりをするロボットでは孤独は救えないと気付き、OriHimeは距離を超えて相手と自分をつなぐロボットになったのです。
ところでオリィさんは、少年時代は引きこもりでコミュ症だったといいます。しかし今では、彼自身やOriHimeにまつわるストーリーの語り口に、そんなことは微塵も感じられません。みずから孤独を打ち払う努力を一つ一つ積み重ねてきたオリィさんだからこそ、OriHimeのデザインが可能になったのではないかと思えます。
ALS患者との関わり
そんな孤独を抱えがちな人たちの中には、重度障害者となったALS患者も含まれています。実際に多くの患者と向き合って、OriHime自身を改良したり、周辺装置を開発しています。また、今年の日本ALS協会の年次大会では、地方の患者さんがOriHime経由で参加して大人気だったそうです。
私自身は、まだある程度体も動くし車いすでの外出が可能で、すぐにOriHimeが欲しい訳ではありません。でも、これから何が一番怖いかといえば、体が動かなくなることよりも、社会とのつながりが切れてしまうことなのです。そのために手は打っていこうとしてはいますが、OriHimeのようなデバイスがあるというのは、とても心強いと感じます。
OriHimeを利用するALS患者の事例を示す、素晴らしいビデオがあります。いきさつがあってノルウェーの患者に使われるようになった様子が、ノルウェー国営テレビの取材を受けたものです。言葉はまるでわかりませんが、OriHimeを通じたパパと娘の心の動きを感じることができます。
ちょうど今週には、アメリカ・フロリダにてALS国際連盟(International Alliance of ALS/MND Association)の年次大会が行われて、そこでOriHimeを交えた発表が行われるそうです。日本から世界に広がるプロダクトになって、多くのALS患者の孤独を解消してくれるといいなと思います。
おわりに
マザー・テレサの言葉に、「今日の最大の病気は、らいでも結核でもなく、自分はいてもいなくてもいい、だれもかまってくれない、みんなから見捨てられていると感じることである。」というものがあるそうです。
病気や障害で引きこもりがちな人たちに、コミュニケーションの手段を提供するOriHimeは、社会とのつながりを維持することで「最大の病気」を治そうとする特効薬なのかもしれません。
ところで私とオリィさんの出会いは、私がALS患者になったことを知った前前職の同僚(某社社長としてご活躍です)が、社会とのつながりを失わない方法としてOriHimeを探しだして、オリィ研究所に連れて行ってくれたことから始まっています。
ALSに罹ることがなければ、オリィさんのような若い異才と出会い協力させて貰う機会はなかったと思います。人間万事塞翁が馬ですね。