顧客開発マニフェスト 〜 ”The Startup Owner’s Manual” を読んでいます
この3月に発刊されたスティーブ・ブランク氏の新刊を読んでいます。前著となる「アントレプレナーの教科書」(原著: The Four Steps to the Epiphany)で『顧客開発』の概念を提唱してから10年が経ち、ベンチャー企業を取り巻く環境も進化してきました。本書は、こうした環境やツールの進化を取り込みながら、特にWeb/モバイルサービスの立ち上げ方についての記述を増やしている点が特徴です。
ベンチャーを始めとする新規事業立ち上げにおいて顧客開発がいかに大切かを説明したのち、”顧客開発マニフェスト(The Customer Development Manifesto)" を掲げています。顧客開発の概念が広く広まる一方で、安易に簡略化されたり誤解されるケースが増えてきたのではないかと想像します。
ちょうど2000年頃にケント・ベックが中心となって「アジャイルソフトウェア開発宣言」 が公開されたことを思い出します。当時は、アジャイル開発がデスマーチを避ける魔法の杖のように誤解されたり、個別の手法の宗教論争まがいの議論があったりで、顧客の満足度を最大化しつつエンジニアの尊厳を守り創造性を十分に発揮させる、という本来の趣旨が失われそうになった時期でした。
本書で定義されている「顧客開発マニフェスト」を紹介します。アクションを喚起する形で意訳していますので、原文を併記しておきます。もっと良い表現も可能だと思います。
顧客開発マニフェスト
The Customer Development Manifesto
- オフィス内に答えはない。オフィスを出よう。
There Are No Facts Inside Your Buildings, So Get Outside. - 顧客開発はアジャイル開発と組み合わせよう。
Pair Customer Development with Agile Development - 成功するために、失敗しよう。
Failure is an Integral Part of the Search - 何度も繰り返して、ピボットしよう。
Make Continuous Iterations and Pivots - 事業計画を作る前に顧客と会おう。そのためにビジネスモデルキャンバスを使おう。
No Business Plan Survives First Contact with Customers
So Use a Business Model Canvas - 実験とテストをデザインして、仮説を検証しよう。
Design Experiments and Test to Validate Your Hypotheses - 市場タイプを理解して、全ての活動を調整しよう。
Agree on Market Type. It Changes Everything - スタートアップらしく、既存企業とは異なる指標を使おう。
Startup Metrics Differ from Those in Existing Companies - すばやく意思決定して、なんどもでもテンポよく繰り返そう。
Fast Decision-Making, Cycle Time, Speed and Tempo - 情熱を燃やそう。
It’s All About Passion - 大企業とは全く異なる、スタートアップの職位を果たそう。
Startup Job Titles Are Very Different from a Large Company’s - お金は無駄遣いせず、ほんとうに必要になってから使おう。
Preserve All Cash Until Needed. Then Spend. - コミュニケーションを良くして、学びは共有しよう。
Communication and Share Learning - 顧客に購入してもらって、顧客開発を成功させよう。
Customer Development Success Begins With Buy-In
本文中のマニフェストはこの14項目からなっているのですが、ブランク本人のコラムでは17項目になっていますので、併記して紹介しておきます。
顧客開発マニフェストの加筆に加えて、この数年で提案されてきた新しい概念が組み込まれています。
そのひとつは「ビジネスモデル・キャンバス」の活用です。最初のビジネスモデル分析は多くの仮説で構築されますが、顧客との対話の中でひとつひとつビジネスモデルの要素を検証して、最後はすべての要素が検証されたものになるようにするのです。
前著でも顧客開発の中で検証すべき項目を具体的に列挙していましたが、それぞれの項目の相互作用を意識した検証がやりにくいという欠点がありました。ビジネスモデル・キャンバスの活用はこうした欠点を補い、より直感的にビジネスモデルそのもののリスクチェックができるようになると感じます。
(※) ビジネスモデル・キャンバスは、ブランクとスタンフォード大学で同僚となるオスターワイルダーズ氏が開発したもので、著書「Business Model Generation」も高い評価を受けています。
もう一つは、MVP(Minimum Viable Product)の活用です。顧客の反応を探るために検証したい機能だけに絞り込んで開発し、その必要性をひとつひとつ確認していくことで、ほんとうに顧客に必要な機能だけで構成されたプロダクトを作り出すのです。
前著でも、どのタイミングでどこまで作りこんだものを見せればよいのか、の考え方は提示されていました。しかし、早期にプロトタイピングが可能なWeb/モバイルサービスでは、少々プロセスが手堅すぎると感じることがありました。軽量開発が可能な現在では、MVPを上手に活用することで、顧客開発と製品開発を効率的に連動させられますよね。
また、ピボットか継続かを決めるための「指標:Metrics」についても詳細な例が記述されています。事業の継続性を考えると利益が出るビジネスモデルを実証することが大切ですが、モデルによっては短時間で結果がでるものも長時間かかるものもあり、その見極めが難しいところです。
本書では、3つのビジネスモデル(リアル物販、ウェブ物販、マルチサイド)を例にとって現状考えうる指標が列挙されているところが新しいです。
「リーン・スタートアップ」では「革新会計:Innovation Accounting」と呼ばれているものですが、具体的な指標は提示されて来なかったので、実際の計画立案だけでなく自らの事業に必要な指標は何か、を考えるために役立つものとなっています。
さて、本書のもう一つの特徴は、顧客開発の4ステップのうち、最初の2つである「顧客発見」と「顧客実証」しか書いていないことです。「顧客開拓」と「組織構築」は前著(アントレプレナーの教科書: The Four Steps for The Epiphany)を参照し、さらには多数ある関連書籍にあたるように、とあります。スタートアップから社会インフラとして認められる大企業への道は、ほんとうに長いです(笑)。
ブランクの成果は、NSF(National Scence Foudation: 全米科学財団)の新規事業創出プログラムに採択されたそうです。
スタートアップを一過性のアイデア勝負で終わらせること無く、社会のイノベーションの一助とするためには、こうした先行事例を深く学び、実践していくことが大切だと感じます。
本書は前著に引き続き邦訳が待たれるところです。誰も手がけないのであれば、自分自身が取り組みたいと思える良書です。