[読書] 「チャイナ・ナイン」を読みました 〜後編

読書メモ

後編では本書の内容に踏み込んで書いていきます。

本書は、2月におきた重慶市公安局トップの王立軍がアメリカ領事館への政治亡命を図った政変で始まります。1月末脱稿のスケジュールで執筆されたということなので、出版直前で序章が描き直されたのは想像に難くありません。この政変の主人公でもある薄煕来が、本書の横糸となり、現代の三国志としての様相を強めています。

本書の章立ては次のようになっています。

序章  権力の構図
第一章 中国を動かす9人の男たち
第二章 次の中国を動かす9人の男たち
第三章 文化体制改革
第四章 政治体制改革
第五章 対日、対外戦略
終章  未完の革命

章立てに従うとつまらないので、「現代中国の成り立ち」「現代の三国志」「次政権以降の方向性」に分けて、本書の内容を抜粋していきます。

現代中国の成り立ち

中国の社会制度を理解するためには、まず社会制度と共産党一党支配の二重構造を理解しないとなりません。本書の話題の中心は中国共産党の権力の中枢にある「中国共産党中央政治局常務委員」を構成する9人であり、著者はこれを「チャイナ・ナイン」と呼んでいます。この9人は、中央政治局委員25名の上位9名に序列がついて、それぞれが党としての責任を分担することになっています。

チャイナ・ナインの序列に基づいて共産党が推薦し、全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)で承認されて、国家元首や国務院総理ほかの役職が決定します。チャイナ・ナインは共産党としての執行部であり、国家元首や総理は政府の役職という二重構造を用いて、法治国家の体裁を整えていることになります。

この権力をめぐる闘争は日本でも広く知られるところですが、よく言われる「太子党(国家建設功労者の師弟)」対「共青団(共産党青年団)」という構図はもう少し複雑で、

  • 上海閥(江沢民派) vs 共青団(胡錦濤派) と捉えるほうがよい
  • 太子党でも、さまざまな考え方をもつ人がおり、さらに親の世代の確執が引き継がれている

と理解したほうがよさそうです。

また、人民解放軍の政治的コントロールは中央委員会直属の中央軍事委員会が担っています。この構造も権力のコントロールを複雑にしているのです。

現代の三国志

毛沢東が権力を奪還するために行ったのが文化大革命ですが、その時点からここに至るストーリーが始まります。詳しくはやはり本書を呼んで欲しいので、ポイントを挙げておきます。

  • 鄧小平が改革開放を行うにあたり「先富」とともに政治に蓋をしたことが、市民の覚醒を引き起こし天安門事件の遠因となった。
  • 民主化推進派として鄧小平と対立して失脚する共青団出身の胡耀邦が、胡錦濤を発見し「飛び級」で抜擢している。(胡耀邦の死去が、天安門事件の引き金となる)
  • 胡錦濤を若くして中央委員に抜擢できたのは、若返りを図りたい鄧小平の意向を汲んで、当時中央委員会書記の一人であった習仲勲(習近平の父親)が辞職し、古参の委員が相次いて辞職したためである。
  • 習仲勲は、建国の功労者の一人でありながら、文化大革命時に失脚し辛酸を舐めている。その息子である習近平も、特権を受けること無く自力で現在の地位を築いている。
  • 天安門事件で失脚した趙紫陽のあとがまに悩む、鄧小平に江沢民を薦めたのは当時No.2の地位に在った薄一波(薄煕来の父親)である。息子の後見人となることを密約として交わしたと言われている。
  • 共産党総書記の任期は2期10年であり、関連する役職も同時に退任する慣習であったが、2002年の政権交代時にも江沢民は中央軍事委員会総書記の座を退かなかった。このため、胡錦濤は人民解放軍への影響力をなかなか持てず、上海閥の影響力を削ぐのに時間がかかった。
  • 2002年の胡錦濤政権誕生時の常務委員のうち、過半数の5名が江沢民派の上海閥だった。習近平も2007年に江沢民のプッシュで常務委員となっている。
  • 胡錦濤は丁寧に切り崩しを図り、2006年には上海市長を大規模汚職の罪で逮捕するところまで逆転した。

このほかにも、習近平の共産党総書記=国家元首はほぼ決まりだが、国務院総理は胡錦濤が押す李克強になるかどうかわからない様子ほか、現在と次代の中央委員についても詳しく書かれています。

また、胡錦濤はついに解放軍内部にも周到に影響力を持ち始めています。この1月末に後方勤務部の副部長である谷俊山(中将)が、腐敗を理由に後方勤務部の政治委員である劉源(上将)により更迭されます。この劉源は、文化大革命当時に鄧小平とともに毛沢東に失脚させられて獄死した劉少奇の息子なのです。

ストーリーが文化大革命までさかのぼって繋がって居るのがわかりますね。あと100年くらいすると、次代・次々代の人間模様も併せて「新三国志」ができるかもしれません。三国志の時代は、黄巾の乱(184年)から西晋による中国再統一(280年)のたった100年のストーリーなのですから。

次政権以降の方向性

現代の三国志としての読み解きだけでなく、数々の社会問題に胡錦濤政権がどのように取り組んできたのか次政権がどうすれば良いのかについて、著者の私見を交えつつ解説しています。こちらは文脈を排除して抜粋だけを載せると、誤解を生みそうなのでカンタンな紹介にとどめておきます。

(1)文化体制改革

  • 経済の急激な発展によるモラル低下と、インターネットの普及による言論の自由がもたらす社会不安をいかにコントロールするかを、経済や政治の問題よりも重視している。
  • 西側諸国から、思想文化の領域に西側文化を浸透させようとする動きに強い警告を発し、闘う姿勢を明確にしている。
  • 中国としての「精神文化」の維持が、国内の安定につながるとしている。
  • このため、グレートファイアーウォールを維持して、経済・社会の安定を保ち、中国のソフトパワーを強化し、モラルの回復を図る、としている。

(2)政治体制改革

  • 温家宝は、海外では西側諸国が納得するような、かなり先進的な政治観を披露することがあり、「白鳥の歌」と言われている。
  • 「白鳥の歌」と現実のギャップがありすぎ、胡錦濤も釘を指す発言をしていることから不仲説が流れるが、実際には温家宝の立場が不変であることから、著者は「二人で海外向けと国内向けの役割を演じている」と見ている。
  • 広東省でおきた「烏坎村事件(詳細は割愛)」は、市民の意見を汲み上げ尊重することで、武力を用いずとも事件収束後に共産党への信頼を維持できた「新たな解決モデル」としている。なお、この事件解決を主導した汪洋は、次期中央委員就任の可能性が高いと言われている。
  • 胡錦濤は「和諧社会」と「科学的発展」をスローガンとして政策をすすめてきた。社会の持続的発展を支える客観性を重視した「科学的発展」の文字を共産党規約冒頭に入れて(すでに規約本文には記載されている)、次代の政治の指針となるようにするだろう。
  • 薄煕来の失脚劇により、先富から共富への転換に対する抵抗勢力(つまり江沢民を中心とする上海閥)を排除することに成功し、共青団派の時代になるだろう。
  • 10年後の2022年に起きる政権交代をにらみ、今回のチャイナ・ナインには「飛び級」となる胡春華・孫政才が入るのではないだろうか。

(3)対日・対外政策

  • 胡錦濤・温家宝は親日派であり、折にふれて対日政策を変更しようとしてきたが、そのたびに国内世論が反日に動くので、なかなか成果に結びつけることができていない。
  • 尖閣諸島事件で温家宝はSMAPの上海公演を中止としたが、ビデオの公開で真実を理解し、また若者には政治と結びつけたことの不満が多かったため、温家宝は翌年にSMAP北京公演を「国賓扱い」で強く後押しした。
  • 習近平の天皇拝謁は、民主党のゴリ押しでルールを曲げて行われたが、日本国内のクレームが民主党ではなく習近平に向かってしまったために、彼の日本への印象は悪くなったに違いない。
  • 台湾の解放は共産党の悲願だが、いまは経済的な結び付きを強めることで、台湾世論が独立に向かわないようにしている。習近平は台湾と結び付きが強い省を治めた経験が長く、さらに関係が緊密になるかもしれない。
  • 北朝鮮については、難民の受け入れが難しいことと、米国の同盟国に包囲されたくないことから、現状維持を望むはずだ。最も警戒しているのは、北朝鮮が米国に懐柔されることにあるはずだ。
  • 武力ではなく経済的なつながりを持って国際関係を維持しようとしている。これは、米国に対しても日本に対しても同様である。万が一戦争をした場合、経済的にどちらが苦境に陥るかを考えてみればよい。

おわりに

最後に著者が、自らの体験と本書を執筆するにあたっての原動力について述べています。日本人でありながら共産党軍と国民党軍の戦争に巻き込まれて、幼少時代に体験した極限状態には鬼気迫るものがあり、本書を単なる中国論では終わらせない凄みがあります。

現代中国のなりたちと今後の中国に興味のある方は、是非一読をお勧めします。

読書メモ

Posted by gen