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ALS患者高野元の日常と思考と回想

シルクロードに行ってきた ~ 嘉峪関(2)

      2015/04/22

4/14-15:甘粛省嘉峪関

懸壁長城を見たあとは、魏晋壁画墓を見に行きました。午後3時すぎに市街に戻りましたが、まだ時間があったので、ミニバスで30分ほどの位置にある酒泉市も見てきました。街の様子も、少し紹介しておきます。

魏晋壁画墓:

魏といえば曹操の息子である曹丕が建国、晋といえば諸葛孔明に踊らされた司馬懿の息子司馬炎が魏を簒奪して建国、と三国志に縁の深い二カ国の時代に作られた地底墓があります。

観光地として管理はされていますが、管理事務所から徒歩10分ほど先の砂漠の中にぽつんと置かれています。観光客もほとんどいませんが、私が参観を希望すると管理事務所からバイクに乗っていって、墓を開けてくれました。写真にある建物から入って地下に降ります。

地下への入り口

魏および晋は3~4世紀の国になりますが、ここに1000以上もの当時の墳墓が点在しています。漫画のような絵ではありますが、当時の生活様式を表すさまざまな絵が描かれています。残念ながら墓の内部は写真撮影禁止なので、入場チケットの画像を掲載しておきます。

チケットに印刷された出陣の絵

嘉峪関市街の様子:

嘉峪関飛行場の写真を撮りそこねたので、代わりに嘉峪関駅の写真を載せておきます。翌日の敦煌行きのチケットを事前購入しに行ったのですが、座席の空きがないということで座席指定なしで移動することになりました。

嘉峪関駅

現在は重工業の街として発展していますが、1950年代に開発が始まった頃は、数十人しか住まない農村であり、いまでも地方の小都市に過ぎません。火力発電所や鉄鋼工場などがあり、そこから排出されるばい煙が空気を悪くしているように感じました(Googleマップの衛星写真でもわかります)。

砂漠のオアシス都市なので土地の利用には余裕があり、道路も広いし歩道も広いため、見た目より移動に時間がかかります。

酒泉市街へ:

嘉峪関からミニバスで30分ほどの距離に酒泉という街があります。こちらも歴史的なオアシス都市ですが、市街はこちらの方が整備されており、人も多い印象でした。街の中心には鐘鼓楼があり、中国らしい佇まいとなっています。

この鐘鼓楼を中心として東西南北に道が伸びているだけでなく、それぞれの門の上には、東迎華岳/西達伊吾/南望祁連/北通沙漠、と位置づけを示す額がかかっています。

鐘鼓楼と「西達伊吾」

夕食をとってから嘉峪関に戻るバス停まで少し散歩をしました。酒泉中学校の門が素晴らしかったので写真に収めておきました。なお、中国で中学というと、日本の中学から高校までの6年間を指します。区別する場合には、高校課程を高中(高級中学の略)といいます。

酒泉中学の正門

この後はバスに乗って嘉峪関のホテルに戻り、翌日の移動に備えました。

 - 世界遺産, 中国旅行