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ALS患者高野元の日常と思考と回想

シルクロードに行ってきた 〜 嘉峪関(1)

      2015/04/22

 
4/14-15:甘粛省嘉峪関

嘉峪関は甘粛省にあるオアシス都市で、万里の長城の西端があることで知られています。本来なら西安から列車に乗って旅したいところでしたが、時間をセーブするために北京から嘉峪関へ中国東方航空で移動しました(約4時間)。途中、甘粛省の首都蘭州に立ち寄りましたが、トランジットの空港から見渡すかぎり黄土色の平原で、草木があまり育たない砂漠地帯に来たことがわかりました。

嘉峪関空港から市街へはミニバスを利用しました(15元)。市街に入ってからバス停で降ろしてもらい、予約しておいた花苑酒店まで2Kmほど歩きました。オアシス都市のためか道路も歩道も広く、当然ですが普通にお店がありました。

街についたのは夕方だったので、一泊した翌朝にタクシーをチャータして「第一墩」「嘉峪関」「懸壁長城」の長城関連3カ所+魏晋墓を見て回りました。距離は比較的近いので、トータルで160元(≒2000円)で行ってくれました。田舎だとあまりふっかけてきませんね。

北京で見た万里の長城が、2000Km以上離れたこの地まで伸びているかと思うと感慨深いものがあります。長城は秦始皇帝の時代から建設が始まり紀元前後の漢の時代にも整備されましたが、すでに朽ち果て、現存しているものは14世紀の明代に作られたものだそうです。もちろん、これらの三つの遺跡も長城の一部分なので、世界遺産に含まれることになり、一つのチケットで観光できます(100元)。

第一墩:

まずは、長城の西端と言われる「第一墩」に行ってきました。きちんと石碑があり、周囲は簡単な柵で防護されています。

西端の城壁

平原に伸びる長城

多少手入れされているとは言え、長い間、日光と風にさらされて、ぼろぼろになっています。

なぜ、この地に長城の終点ができたのか?という素朴な疑問がわきますが、少し先に行ってみると理由がわかりました。北大河という川が砂漠を分断しているので、おそらくこの川沿いに防御陣を築いたのでしょう。

この北大河は、周囲の地形から見て、祁連山脈の雪解け水が川になっているようです。この水が到達するところがオアシス都市になっていくのですね。

北大河

長城から北大河の間は駐屯地を再現しています。常に川の向こうを監視し、いざという時は長城を拠点として戦ったのだと思います。遠く離れた砂漠地帯で、いつやってくるか分からない異民族に備えた軍人が、夜になると酒を飲んで酔っ払う様子を彫刻にしてありました。「酔っ払いと笑わないでくれ、この中の何人が故郷に帰れるのか分からないのだから」という内容の詩にちなんで製作されたそうです。

川辺の駐屯地

駐屯地で酒を飲んでくつろぐ軍人の像

嘉峪関:

街の名前にもなっていますが、もともとは長城に作られた関というか城の名前です。山東省にある長城の東端「山海関」、北京近郊の「居庸関」も有名ですね(私はまだ行っていませんが)。山海関が「天下第一関」、居庸関と嘉峪関は「天下第一雄関」と言われているようです。みんな第一ってことですかね。。。

嘉峪関だけが保存状態が良く建設当時のまま残っているそうで、観光地としてもよく整備されています。気分に浸って第一墩をゆっくり見過ぎたため、タクシー運転手に「ここは1時間で見てね」と言われてしまい、自転車も借りて急いで回るはめになりました。

入り口

整備されているとはいえ、美しい建造物です。漢代の長城は日干レンガで作られて朽ち果ててしまったのに対して、明代のものは焼成レンガで作られているため、今に至るまでカタチをとどめているとのことです。

嘉峪関全景

関所であり防衛要塞であるため、内部は3重に仕切られてそれぞれ門が設けられています。三角形でトゲトゲのついた旗は、なんだか三国志の一シーンを思い出します。内部の門の上の建物に「天下第一雄関」と書かれているのが見えますね。

城への入り口

天下第一雄関の看板

この嘉峪関から南北に長城の城壁が伸びています。南は先ほど見てきた「第一墩」で北大河にぶつかり、北はこれから見る「懸壁長城」で黒山とぶつかります。

要塞の上から見た風景

懸壁長城:

嘉峪関を出てさらに北上すると、懸壁長城に着きます。ここは、急勾配の山あいに城壁が築かれて、空中から釣っているように見えるためにこの名が付いているそうです。入り口から30分ほどで山の頂上に見える監視所に辿りつけるのですが、途中の勾配が45度にもなる斜面なので、かなりキツイものでした。

懸壁長城の登り始め

急勾配で頂上が見えなくなる

この頂上には監視所がありますが、ここから見た景色は素晴らしいものでした。この一帯から向こうはゴビ砂漠で、内モンゴル自治区を経てモンゴルに通じます。

頂上からの景色

頂上を降りた所にある公園には、シルクロードを歩んだ人々の石像が並んでいました。漢代に西域を開拓した張騫、玄奘三蔵などに加えて、アヘン戦争のきっかけとなった林則徐の姿もありました(西域に左遷されたため)。

シルクロードゆかりの人物石像

嘉峪関の軍事的意味:

この嘉峪関は、明代に常勝将軍と呼ばれた憑勝が建設しています。甘粛省そのものと言っていい河西回廊で最も狭い場所を選んでいるところが実に興味深いですね。この時期は、中央アジアを席巻しつつあった騎馬民族国家ティムール朝の防御を固める必要があったのですが、その後衰退してしまいました。なので、せっかく作ったものの軍事的な重要性は序々に低下してしまったようです。

訪れた3カ所をGoogleマップにプロットしてみましたので、興味が有る方はご覧ください。全体を見ると、丘陵の間隔の一番狭いところに長城が作られていることがわかります。それぞれの場所をズームすると、衛星写真にも長城や関がしっかり映っているのがわかります。

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この後は、魏晋壁画墓を見に行きました。

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