「アントレプレナーの教科書」を読みました

読書メモ, 起業・経営


リーン・スタートアップというキーワードがベンチャー界隈で良く聞かれるようになっていて、にわかにバズワード化しています。リーン・スタートアップについては、すでに多数のリソースがあるのでここでは言及しませんが、先週出た邦訳は私も読んでいる最中です。

このリーン・スタートアップの原典と言われている「アントレプレナーの教科書」を読みました。今更ではありますが、ごくごく簡単にコンセプトを説明すると、

  • 従来の製品開発モデルは、よく定義された市場へ参入を前提としたモデル
  • 顧客もビジネスモデルも不確定なスタートアップがこのモデルに則ると確実に失敗する。
  • 成功したスタートアップのすべてが、「顧客開発モデル」に従っていることがわかった。
  • 顧客開発モデルは、「顧客発見→顧客実証→顧客開拓→組織構築」の4ステップからなる。
  • この4ステップを通じて確信を得て、キャズム越えに挑戦することになる。
  • スタートアップには4つの市場タイプがあり、これを理解して適切な戦略・戦術を用いることが大切。

というものです。

このあとに、各論として各ステップの進め方が経験に基づいて構築された理論として整理されています。さらに実践で使用できる多数のチェックリストがついており、新サービスを企画するチームが一歩一歩進めるように工夫されています。

とはいえ読みこなすのが大変で、実際にサービス立ち上げや部門経営の経験がないと、それぞれの説明の意図がイメージできない部分もあります。また、ある施策の本質をつかむための重要なキーワードが後ろのステップに登場したりすることもあって、実務で活用しようとするとどこに何が書いてあるのか探すのに苦労します。そこで60ページほどの抄録を作り、さらに一枚にまとめて全体を俯瞰できるようにしました。

 

本書は、2005年にアメリカで発表されたのち2009年に邦訳が出ており、すでにあまり新しい本ではなくなりました。この数年間で、ネット上のマーケティング手法や、クラウド環境の整備が進んだため、ちょっと手順が手堅すぎるという印象もあります。それでも、新製品/サービスを軸とした事業の立ち上げを細かく手順化したものであり、各人が自分の事業環境に合わせて最適化していくものだと思います。実際、翻訳者の方は、こちらの紹介記事にて「顧客開発はOS」とおっしゃっています。

もちろんゼロから新事業を立ち上げる際の手引書としてみても有用なのですが、私は第6章「組織構築」から逆に紐解いてみるという読み方が、特に大企業にとって有用なのではないかと考えています。 「組織構築」は、メインストリーム顧客(キャズム理論で言うアーリー/レイト・マジョリティ)の獲得でキャズム越えを果たしたあとに、企業文化と組織を構築し、即応性を高める仕組みを導入します。企業文化の要諦は「ミッションステートメント」の制定と共有であり、組織はそれぞれの「部門ミッションステートメント」と役割定義によって作られます。さらに、即応性を高める仕組みには、意思決定権限の移譲とOODAループ(情報収集・情報分析・意思決定・作戦行動)の導入、これを支える共有の文化とリーダシップの育成を行います。

重要なのは、こうした組織構築活動の原点が「顧客」にあることです。

大企業も最初は小さなスタートアップだったわけで、最初に想定していた顧客がいます。しかし、組織が拡大し市場環境が変化すれば、その顧客がいつまでも同じ訳ではありません。おそらく大企業となった会社のミッションステートメントは当初存在していた顧客の問題を解決するものから、もっと広範囲で抽象度の高いものに変化しているでしょう。そして、組織の成長に合わせて作られてきた「即応性を高める仕組み」は形骸化してしまっていて、目の前にある顧客の変化に気づけないかもしれません。

もしそうだとすると、現在の組織が出来上がった経緯を、本書の手順をさかのぼって紐解いてみることで、現在の組織が当初想定していた顧客と現在の顧客のギャップを知ることができます。言い換えると、現在の組織で活かせること/活かせないことを把握し、差分から新しい可能性に気づくことができるのではないかと考えるわけです。差分による可能性とは、すなわち新規事業の種となるかもしれない「新しい顧客」ですね。

なぜ事業が今の形になったのか、を紐解いてみることで事業の可能性を再確認し、新規事業の可能性を見つけるためにも、「アントレプレナーの教科書」は役に立つのではないでしょうか。

余談ですが、本書の根底に流れているのは「顧客から学び、ミッションを掲げ、学習する組織を作る」ということです。これはドラッカーが「マネジメント」の冒頭で掲げていることでもあります。あらためてドラッカーの思想の奥深さを思い出したことを、最後に付け加えておきます。

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