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ALS患者高野元の日常と思考と回想

魂に触れる体験

   

今回は、ちょっとスピリチュアルなことを書きます。

それは入院中、手術の後続いていた微熱が収まったころの朝にやってきました。

入院中は暇で、パソコンもアイフォンもほとんど触れていなかったので、いろんなことをなんとなく考えていました。

昔のことを思い出したり、これからのことを妄想したり。

病院では22時過ぎに寝てしまうので、朝の5時には目が覚めてしまい、そこから半分眠った状態で過ごすのです。ある朝、いろんな妄想がすごくリアルなイメージで、色付きで、まるでビデオを見ているかのように頭の中に入ってきました。

まるで、「思い描いていることは、すべて実現できますよ」と言われているようでした。

あとで振り返ってみると、これが瞑想の効果なのかな?と思いました。私は瞑想の習慣はありませんが、何人かの友人が瞑想の習慣を持っていて、同じような話を聞いていたからです。

私は長らく自分に自信がなく、なかなか心の赴くままに生きることができないでいました。どうしても他人と比較してがっかりしたり、失敗を恐れる気持ちがありました。そういったものから解放されつつあると自覚できたのは、独立して2年くらいたった48歳ごろでした。

もちろんALSの影もなく(おそらく実際には発症していたが、気づいてなかった)、50代をどう生きようかと仕込みをしていた時期でした。

私は基本的に科学を信奉し、そこから合理的に導かれる結論を信用してきました。一方で、このころから精神世界や宗教的な考えに触れる機会が増えていました。精神世界と科学は相いれないと思いがちですが、そうではないことが少しずつ証明されようとしていることを知りました。例えば、われわれ人間には観測できない5次元の存在は、素粒子実験で証明されようとしています。

偶然、過去生を見てもらったことがあり、過去の自分の行動や感情がつながった気持ちになったことがありました。このあと、魂と肉体の関係、そして魂の修行(仏教でいう輪廻転生)を信じるようになりました。

魂が存在するのかどうかはわかりません。でも、理屈では説明できない、情動や使命感がどこから来るのか、一つの回答であると思うようになりました。ジョブスも、あの伝説のスピーチで言っていました。「運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。」この何かは、自分の魂から教わるしかないのだと、私は思います。

自分の魂と向き合う一つの方法として、以前「私を救った一冊の本」で紹介した「モーニングページ」を毎日書くというものがあります。今から思えば、これも瞑想の一種なのかもしれません。

こんなことを学んで考えるようになったころに、ALSの宣告を受けました。その時は一瞬絶望し、自分にがっかりし、少したってから「これはいったい何の修行なのか?」と考えるようになりました。

結論は、「自分自身の人生を生きる強さを身に着ける」ことでした。そういうことなら、難病であっても自分がやりたいことには挑まないとなりません。できない理由はたくさん浮かびます。なんせ体が動かないのですから。

でも、自分の魂から「できますよ、おやりなさい」と言ってもらえました。信じてやってみようと思います。そのためには、周りの人に手伝ってもらわないといけません。思い返せば、それなりの結果が出た時は、いつも仲間の協力がありました。

また、同じようにやっていきたいと思います。

皆さん、またよろしくお願いします。

 - ALS生活, 父からの手紙