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ALS患者高野元の日常と思考と回想

47歳の誕生日を迎えて 〜この一年考えてきたこと

      2012/09/08

本日、47回目の誕生日を迎えました。

誕生日のお祝いをしてくれた家族や、Facebookほかでコメントをくれた友人たちも含めて、あらためて感謝します。

昨年の誕生日にもブログを書いたのですが、そのうち書くといってなかなか書けなかった自分の中の価値観の変化について書いてみたいと思います。

まずは自分のことから

私のこれまでの経歴を振り返ってみると、大企業ありベンチャーあり、アメリカあり中国ありでした。健全な上昇志向のもとで、普通のサラリーマンよりはちょっとだけ刺激が多い生活をしてきたのだと自負しています。

40代前半までの私は中途半端なスキルと目標の中で、いろいろとあがいて自分のスキル向上や組織への貢献を目指していました。日本のメーカー系サラリーマンとしては十分な収入がありましたし、やりたいことをやりつつ時々成果も出していると評価されていた時期もありました。

一方で、効率の悪い働き方をしたり、意に沿わない仕事を引き受けたりして、家族や友人たちとの時間を失ってしまったり、自分の小さな楽しみの時間を失ったりして、それが長年のストレスでした。ワーク・ライフバランスを軽視していたってことですね。

さらに役割が拡大すると、一人では「無理なものは無理」という状況に何度も直面して、苦労するようになりました。きっと、過去にも何度もあったのに、周囲の支えもあって運良く無理やり越えてきたんでしょう。

仲間やパートナと高い目標に挑戦するのは、ほんとうに面白いです。苦しいことも多いですが、うまく行った時の喜びは何倍にもなります。しかし、組織ありきだと必ずしも共通の目標が持てるとは限らず、ときには組織のために意に沿わないこともやらないとなりません。

こういった経験を経て、

  • 金銭や地位といった相対的な目標は追わず、地に足の付いた生活をしよう
  • ちょっと多い収入でたくさん働くより、少ない収入でもバランスのとれた生活をしよう
  • 自分の能力を活かせるプロジェクトに参加することで、仕事の達成感を得ながら成長しよう

と思うようになったのです。

これからの社会について

社会のあり方についても考えさせられることが増えました。細かいことは触れませんが、社会的な価値観が分裂して混乱しはじめていると強く感じています。これは、経営者のはしくれとして日本と中国を見ながら考えたことと、やはり昨年の東北震災を見て無力感を感じたことから来ていますが、きっと90年代後半から始まっていたんですね。

私は出会う人ごとに、この人はどんな人だろうかと気にしてきたのが、下記の3つの軸です。

  • 安定を好む人と、挑戦を厭わない人
  • 失敗を人のせいにする人と、成長の糧にする人
  • 他人の意見に影響される人と、自分の頭で考える人

一見すると挑戦志向と安定志向に大別されるように見えますが、絡み合っていることが多いのです。この3軸でモデル化したとすると(現実はもっと多軸で多値ですが)、本当に挑戦志向の人は(1/2)^3=1/8、ほんとうに安定志向の人も1/8です。どこに位置する人がよい、という話ではないです。中間に位置する人の価値観が、状況に応じてぶれて右往左往している結果、社会も混乱しているのではないかと思うのです。

こうした混乱は、これらの軸を支える基本的な価値観が社会で共通化されていれば、ある程度収束できるはずです。高度経済成長時代は経済の持続的な成長によって、多様な価値観を社会が収容してきたのだと思います。

一方で、派遣で働く仲間や中国の仲間と過ごしてきて、立場が違うなかで共通の目標を持って苦労をすることの欺瞞を感じてきました。同じ人間で同様のスキルや情熱を持っていても、国籍・年齢・性別といった格差を利用した搾取の構図が出来上がってしまうと、経済成長を共通の価値観とすることはできません。

ここでは具体的に触れませんが、今後は経済的にもっともっと難しい局面が出てくるのは間違いありません。また、震災に見られるように大自然の力には人間は無力ですし、サブプライムや原発事故に見られるように、高度な技術を完璧に管理することもできません。もしかしたら、更に新しい事故が起きてしまうかもしれない。

これからの社会的に共通な価値観ができてくるまでの間は、人間関係を重視する「絆」が一時的な価値観として喧伝されるでしょう。これ自体はいいのですが、脚の引っ張り合いをして他人を牽制するための足かせの絆になってはいけません。相手を尊重し多様性を許容するための絆であり、挑戦を許容して応援し失敗した人を支えるための絆であってほしいものです。

混乱する社会では挑戦のテーマは多岐にわたります。こうした活動を支える人たちの考えも多岐に渡っていないと、支えきれません。そうなると、一人ひとりが地に足をつけて、自分の頭で考えていくことが大切になります。そうする中から、次代をつくる共通の価値観が生まれてくると信じています。

年長者の役割について

長い人類の歴史を眺めてみた時に、社会の大きな変化が年配者から生まれたことはありません。常に若者の情熱が原動力になっています。次代の価値観を生む原動力は、やはり若者の中から生まれると思います。

われわれ40代以上は、社会的にお役御免かというとそうではないでしょう。われわれが育った時代にあった旧弊を、次代に接続するために整理するという役割を果たさないといけないのではないでしょうか。いいものは残し、新しい時代に邪魔なものはしがみつかずに壊してもらう。自分で壊せていれば、自分たちの時代に変わっていたんです。だから、せめて壊す邪魔はしないでおく。

このためには、世の中の動きを見て、何を残して何を壊したらいいのか、自分で考えておかないとなりません。一人ひとりの環境によってやることは違うはずですが、時期が来たらまわりに声をかけて新しい流れを応援し、これを塞がないように行動したいものです。もちろん、残りの人生をできるだけ壊さないように慎重に準備していきたいです。

新しい動きは20代の若者が政治的アピールをするとかいう話ではないです。彼らが、自分たちが信じることをやって周囲に仲間を作っていく課程で、似たような集団が各地にできて協調し始めるような動きになる気がします。世間にその活動が見えてくるまでには、きっと10年以上かかるでしょうから、世間が気づいた時には彼らも40代に入っているかもしれません。私が気がついていないだけで、すでに30代後半の人たちにそういう芽が出ているのだといいんですが。

おわりに

なんだか抽象的なことをいろいろ書きましたが、思考のベースにあるのは、

  • 自分と妻が、今後の人生を出来るだけ精神的に豊かに過ごせて、
  • 二人の息子が自分たちの人生を切り開けるようにしたい

という、ごくごく私的なことです。

精神的に豊かに、の部分には、友人たちとの時間や趣味に加えて、仕事のテーマも当然あります。

古いタイプの組織にあって、変化に対応するために何をどうすべきか?みたいなことを一緒に考えていくのは、これまでの経験から役に立てる部分が多いですし、うまく行った時の喜びは大きいはずです。

もう少し思考を深めながら関連文献なども整理して、事業開発や組織改善のコンサルティングにも強みを持てるように、仕事をしていきたいと思います。

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