Yahoo!JとGoogleの提携は、ソフトバンクの中国戦略の第二ステップのはじまりではないか
最近は旅行記ばかり書いていますが、今回は自分も多少関係しているネット業界に関する洞察について書いて見ることにします。
先週のネット業界最大のニュースは、Yahoo!JとGoogleの提携でした。(→IR)
更なる売上をあげたいが、トラフィックシェア拡大がむずかしいGoogleと、築き上げたブランド力を削ぐ可能性が高い検索エンジンを導入させられそうになったYahoo!Jの、双方Win-Winになる提携に見えます。
Googleのシェアが上がり過ぎて独占状態という指摘もありますが、それは技術インフラに限った話しであり、営業チャネルもサイト運営もこれまでどおり全く個別になるため、業界的には日本企業のIT技術競争力がさらに低下するだけで、それ以外の影響は無いと思います。
Yahoo!Jの創業期にその広告事業を立ち上げた方が、いまはGoogleジャパンの営業本部長をなさっていることも、今回の提携に無関係ではないでしょう。
しかし、数年前まで検索サービス業界に身をおいていた私は、今回の提携はどうも検索エンジンの乗せ替えだけの話に思えず、しっくり来ていませんでした。
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たしかにBingは発展途中であり、ブログやソーシャルコンテンツの対応が後手に回っていますが、YSTのエンジニアとBingのエンジニアが協力すれば、半年から一年でのキャッチアップは可能だと思います。もし、コアエンジニアがごっそり抜けてしまい、機能強化できないチームになっているなら別ですが、技術がなんとか追いつくまでは現状のYSTでつなげるはずです。
また、リスティング広告の配信エンジンはYSMが稼動しており、Google提携の話しと同時にモバイル広告のアルゴリズム変更をアナウンスできるだけの体制も持っているわけです。
このため、あと一年くらいは現状維持でも日本市場の勢力図が変わるとは思えないのです。なぜなら、ポータルサイトの運営はブランド事業であり、Yahoo!Jの強みは検索エンジンの性能ではなく、コンテンツの編集力とECにあるからです。
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この一年を中国に置き換えて考えて見ましょう。
すでに報道されている通り、Yahoo!Jは淘宝網と提携して日中双方でのEC取引を開始しています。
この淘宝網は、中国国内のコンシューマ向けECモールを成功させ、すでにシェア80%以上を獲得しています。他のポータル各社がECモールに取り組んでいますが、シェアが少なすぎて苦戦中です。当初圧倒的シェアを誇っていたeBay(易趣)もいまや数%のシェアしかありません。
しかし、中国国内の検索サービスシェア60%を持つ百度と日本の楽天が組んで、「楽酷天」なるECサイトを立ち上げて中国市場に挑戦することになっています。
シェア90%の淘宝網に勝てるわけがないと、一般には考えがちです。しかし、中国のネット普及率は27%に過ぎません。アメリカ、日本、韓国はすでに70%を超えて飽和していますが、ユーザ数の合計ではすでに現状の中国ネットユーザ数に追い越されるところまで来ているのです。
シェアの話に戻ると、ネット普及率があと50%伸びる分を他社が全て奪い取れば、淘宝網のシェアは30%に低下します。実際、eBayは圧倒的なシェアを3年でほとんど失ったのです。
さて、楽酷天はまだたちあがっていませんが、すでに百度・楽天グループにあって、淘宝網に無いものがあります。
それは検索連動広告からのショップへの誘導です。理由は明らかにされていませんが、百度は淘宝網へのアフィリエート広告を検索結果から排除するようになりました。楽酷天を成功させるために、これからも表示しないでしょう。
つまり淘宝網は、コンバージョン率が高い検索サービスからの新規ユーザを獲得できず、現時点の淘宝網のブランド力のみで競争していかなければならないことになります。
日本の検索サービスを使ってみるとわかるように、たいていの検索キーワードに対して楽天やAmazonの広告が表示されます。七割のネットユーザが使用する百度に、淘宝網へのリンクが無く、楽酷天へのリンクがあるということは、新規のネットユーザは楽酷天に誘導されることを意味します。
淘宝網は、喉から手が出るほど大手検索サービスからのトラフィックが欲しいはずで、この点については、待ったなしの状況にあると思います。
ご存知のように、淘宝網はアリババの子会社であり、ソフトバンクはアリババに大きく出資しています。そして、Yahooチャイナは2005年にアリババの子会社になっており、現在も大淘宝構想において重要な位置づけにありますが、その検索サービスのシェアは数%に過ぎません。このため検索連動広告の掲載も十分されておらず、現状のままでシェアを大きく拡大するのは難しいでしょう。
このタイミングで、Googleと中国政府の確執が表面化しました。Googleは現時点で世界最高の検索エンジンであることに変わりありませんが、中国政府に次元が異なるイデオロギー論争を挑み、中国国内でのブランド力を損ないました。これから、何十倍にも拡大する市場でです。
ここに、Yahoo!Jというよりソフトバンクグループと、Googleの提携の意味が出て来ます。
Googleは、日中韓全ての国で検索サービスのトップシェアを取れていません。自他ともに認める世界最高の技術を持ちながら、10年かけてもアジアではトップシェアをとれなかったのです。しかし、これからの経済の中心はアジアにシフトすると言われていますから、ブランドシェアの獲得は現地の企業にまかせ、自らは技術力をコアにしてビジネスの実をとる、という戦略は当然考えるでしょう。
もし、YahooチャイナのエンジンがGoogleになったとしたら、どうなるでしょうか。
Yahooチャイナは、これまで以上のシェアを獲得するチャンスを得ます。もしかしたら、これまでGoogleが確保していた30%のシェアを短期間で獲得できるかもしれない。もちろん政府の意向に従い、インデックスのコントロールは行わないとなりません。そして、リスティング広告の配信エンジンを利用して広告収入を伸ばし、当然淘宝網への誘導も行います。現状の淘宝網の認知度を考えると、その兄弟サービスであるYahooチャイナのシェアを、もっと大きくすることもできるかもしれない。
Googleは、(きっと大嫌いな)中国政府との交渉から解放されますし、エンジン提供者になることで検閲問題をビジネスパートナーの問題に転換してアメリカ国内の批判をかわし、今後も増大する中国国内での広告売上をシェアすることができます。香港のサイトはムリに撤退せず、日本と同じようにこれまでどおり維持すれば良いのです。
この構図の最初のステップを踏み出すことが、今回の提携の本当の目的ではないかと考えます。Yahoo!Jと淘宝網の提携が4月だったことを考えると、その時点ではすでにGoogleとの交渉は進んでいたのでしょう。これが成れば、ソフトバンクグループは日中共通のビジネスプラットフォームを築き、Googleはアジアでの成長戦略を持つことができる、まさにWin-Winのアライアンスになります。
ソフトバンクの中国戦略の第一ステップが、Yahooショッピングの成功ノウハウを軸にしたECプラットフォームへの投資であったとすると、第二ステップは検索サービスのアジア型アライアンスモデルの構築になるということです。言い換えると、カギは「淘宝網の覇権をいかに維持して、検索を含めた中国No.1ポータルに成長させるのか」の戦略にあるのだと考えるわけです。
ついでですが、ソフトバンクは人人網という中国最大のSNSサイトへもすでに投資しており、ソーシャルコンテンツのトラフィックにも手を打っています。さすがと言うしかありません。
以上は、外から無責任に眺めている部外者の妄想ではありますが、もしも1年以内にYahoo!Jに続いてYahooチャイナがGoogleと提携したとなれば、私の予測もあながち外れでは無いことになります。その時には、ちょっと自慢することにします。
なお私は、ソフトバンクをはじめとして本文に現れる全てのプレイヤーとは現在無関係な一ユーザにすぎないことを、念のため記しておきます。
淘宝網に関する情報は、下記を参考にしました。一部記憶に頼って書いております。数字が間違っていたら私のミスですので、ご指摘いただければ幸いです。