重度障害者の日常を支える重度訪問介護制度は、外出を伴う経済活動で使えない問題について
今回、ALS患者の舩後さんと脳性麻痺の木村さんが、重度障害者として参議院議員に当選しました。24時間介助が必要な重度障害者が国会で仕事をするためには、国会側にも様々な 対応が必要であり、それに対して様々な意見が出ています。
様々な立場の方がさまざまなご意見を発信しているので、重度障害者の立場から論点を整理してみたいと思います。
ちなみに私は、舩後さんと同じALS患者です。すでに最重度の障害者で、文中に説明している重度訪問介護制度を活用する当事者です。
目次
- こうした対応の根拠は障害者総合支援法
- 重度訪問介護、ほか介護サービスの規定
- 厚生労働省令で「経済活動にかかる外出時はヘルパー支給はできない」と規定
- 重度障害者にとって何が理不尽と感じるのか?
- 自己負担または雇用主負担の是非
- 舩後さん・木村さんのヘルパー費用をどこが出すか問題
- おわりに
こうした対応の根拠は障害者総合支援法
報道で今回の対応に触れた方は、突然重度障害者が社会参加してきて、国会を混乱に陥れているように見えるかもしれません。
しかし、こうした対応の根拠となる法律がすでに存在するのです。
その法律は、『障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律』というもので、略して『障害者総合支援法』と呼ばれます。
まずは、その目的を見てみましょう。
読めばわかると思いますが、この法律により重度障害者であっても国会議員になる権利を妨げてはいけないし、議員として仕事ができなくなる障壁は除去しなけれはならないのです。この責務は、国・県・市町村が監督しなければなりません。
障害者は国会議員なんかになるな、国会の改修に税金を使うな、との主張を見かけますが、こうした法律が成立してきた背景に目を向けてもらいたいものです。何らかの理由で重い障害を抱えることになった当事者だけでなく、家族・支援者の思いが、政治・行政を動かして制度化に至っているのです。
重度訪問介護、ほか介護サービスの規定
重度障害者の生活を支援する「障害福祉サービス」は、この法律の第5条で14件が規定されています。その中でも主に在宅で療養生活を送るためのサービスが「重度訪問介護」で、第5条第3項で下記のように定義されています。
注目してほしいのは、詳細は「厚生労働省令」で定めるとされているところです。
厚生労働省令で「経済活動にかかる外出時はヘルパー支給はできない」と規定
制度の運用は、現場を取り巻く環境に応じて適宜変化していくべきで、省令で規定されるのは理にかなっています。
この省令はたくさん発布されていますが、本件に関係する省令を見てみましょう。
『障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービス等及び基準該当障害福祉サービスに要する費用の額の算定に関する基準 (平成十八年九月二十九日) (厚生労働省告示第五百二十三号)』には、
との記述があります。
舩後さん・木村さんは国会議員として報酬をもらいますが、自宅から出ての国会をはじめとする議員活動がこの規定に触れるわけです。これが、ヘルパー費用を誰が負担するのか?という議論の原因になっています。
なお、重度訪問介護サービスを受けられる対象者は、
・身体障害 知的障害 精神障害 難病患者等で、障害支援区分4以上
・二肢以上に麻痺等がある
・「歩行」「移乗」「排尿」「排便」のいずれも何らかの支援が必要
と、上述の省令に定められています。
重度障害者にとって何が理不尽と感じるのか?
われわれ重度障害者も、税金で生かされていることは承知しています。先に書いたように、たくさんの人達の努力の上に現在の環境があるわけで、その上でより良く生きる努力をするのは当然のことです。
さて、この制度の運用をもう少し考えてみましょう。
・経済活動を伴わない外出であれば、ヘルパー費用が支給されます。
・経済活動を伴う外出であれば、ヘルパー費用は支給されません。自己負担か雇用側で負担すべきとされています。
経済活動をしたら新たにヘルパーを雇う必要があり、そこにさらに税金を投入することになる、と受け取られている方もいるようですが、これは誤解です。
重度障害者にとっては日常生活を送るために、経済活動があろうとなかろうがヘルパーは必要なのです。そこには『障害者総合支援法』に基づいて、すでに税金は投入されています。
そこで経済活動をしても、これ以上にヘルパー費用は増えるわけではありません。現在の運用では、経済活動をした時間分を減らされるのです。
経済活動は、働くという積極的な社会参加をするということです。
その観点から見ると、この制度運用は重度障害者に対して「積極的な社会参加はしないでね」と言っているのに等しく、これは憲法で定められている基本的人権の侵害ではないかと考えざるを得ません。
なぜ経済活動をした時間はヘルパー費用を支給しないのか?
おそらく「増大する一方の福祉費用を少しでも抑えたい」という理由ではないかと考えます。もしそうなら、こんな局所的な削減案を取らずに、大きな議論をしてもらいたいところです。
自己負担または雇用主負担の是非
現行の制度運用に従うとすると、自己負担するか雇用側が負担することになります。
まず、経済活動により得られる報酬からヘルパー費用を自己負担することにしたとしましょう。
生活を営むことに使えるお金は、報酬ーヘルパー費用になります。本来、報酬は経済活動の対価として、その役割にふさわしい生活を送れるように決められるものです。それが障害者というだけで、生活にかけられるお金を減らさなければなりません。
報酬が十分でなければ赤字になることもあるでしょう。そうなれば経済活動どころではありませんから、家でおとなしくするしかありません。
次に、雇用側が負担することを考えてみましょう。
雇用側は、障害者への報酬に加えて、ヘルパー費用を払わなければなりません。これらをあわせて労務費と考えられますから、それを上回る事業収入が必要です。
事業収入に見合わなければ、雇用の継続は難しくなります。ヘルパー費用の負担があるために、就労の機会が限定されてしまいます。
さて、いずれもヘルパー費用を捻出できる十分な能力があればいいじゃないか、という意見もあるでしょう。
例えば、年収1000万円あればヘルパー費用を払っても生活できるとしましょう(実際には外出の頻度による)。年収1000万円に見合う能力がなければ働けません、と社会から言われたらどう感じるでしょうか。これは差別ですよね。
舩後さん・木村さんのヘルパー費用をどこが出すか問題
これまで観てきた話を、整理してみます。
(1)厚生労働省令を見直す
繰り返しになりますが、経済活動をしていなくても生きるためのヘルパー費用はかかっているのです。
家でおとなしくしいれば支給されるヘルパー費用を、なぜ外出して働くと減らされるのか?
両議員は長年この問題を意識してきたはずなので、ここのところをぜひ明らかにしてもらいたいと思います。当事者の私からすると、ここに切込んでくれないと議員になった意味がないと考えます。
(2)自己負担する
議員報酬はそれなりに高給なので、国会への参加や政策立案のための活動に必要なヘルパー費用を自己負担する事はできるかもしれません。
これがスタンダードになると、われわれ重度障害者の前例となり、就業の可能性は極めて限定されてしまいます。
この選択は、あらゆる重度障害者に就労の機会を提供することにはならないので、そこの議論をしっかりやってほしいところです。
(3)雇用側が出す
事業遂行に必要な人材と認められれば、雇用側もヘルパー費用を出してくれることもあるでしょう。
参議院が負担することになりましたが、これも(2)と同様の問題をはらんでいます。議員特権と言われるのは、このためですね。
おわりに
こうした議論の背景には、重度障害者は生きるのに精一杯で、経済活動はできないだろうという前提があったのではないでしょうか。
しかし、支援機器がどんどん進化したことにより、特にパソコン上でできることは格段に増えており、仕事をしたいと考える重度障害者は増えています。
重度訪問介護制度が外出を伴う経済活動をサポートしないという問題は、法律の発効当初から障害者団体から改善要望が出ていたと聞いています。
しかしこの問題は、重度障害当事者と支援者にしか認識されていなかったものが、二人の当事者議員が生まれたことにより一般市民の知るところとなりました。
すこししでもこの問題の背景を知る方たちが増えて、外出を伴う経済活動時間のヘルパー利用を支援しても、投入される税金は在宅で生活するだけの支援と同額のままということを知ってもらいたいです。
使う税金が同じなら、そこから経済活動を通じて、体は動かなくても精神的には自立した障害者が増えることを応援してくれる社会になることを望みます。