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ALS患者高野元の日常と思考と回想

51歳の誕生日を迎えました

   

年齢だの誕生日だのをこうして公開するオヤジは、世間からどう見えるのかな?と思いつつ、今年も誕生日ブログを書きます。

誕生日目前の先日の日曜日に誕生日会を開いてもらったのですが、その様子を紹介します。

愛本51は人工知能搭載

昨年に続いてK君が、商品担当者として「愛本51」を企画してくれました。
特徴としては、

  • 大人の対応 : 頭に浮かんだ気持ちを、相手を傷つけない言い方に変える
  • 食べられる

です。

まあケーキなわけですが、昨年の愛本50と違いアイコンも全て手作りクッキーになっていることに注目してください。

愛本51b

このケーキは、友人のタカコさんが作ってくれました。甘さ控えめでとても美味しいケーキでした。

ろうそくは51本たててあり、参加のみなさんにお祝いの歌を歌ってもらったあとに、息子二人に吹き消してもらいました。

私からお伝えしたこと

体の状況

体のすべての筋力が低下しています。

椅子から立ち上がることもできなくなり、両手でもこの薄いマックブックエアを持ち上げることができません。握力も5キロ前後しかなく、アイフォンを持つのも一苦労です。指先の筋力が衰えると、テレビのリモコンを押すのも一苦労です。

深刻なのはのどの周りの筋力低下です。構音障害が進んで会話がほとんどできません。飲み込む力も落ちてきて、小さく切ったものを食べています。

そんな状態なので、移動・着替え・トイレ・入浴など生活の全てに介助が必要になっています。

ALSの療養生活は、実に多くの人に関わってもらわないとなりません。また、そうした支援のベースには公的支援制度があって、何がどのような法や制度に基づくものかを理解する必要があります。そうしないと、支援の限界がどこまでなのかわからないのです。

一年の活動を振り返る

4月から6月にかけては、仕事の契約もなくなりかなり無気力状態でした。

このころ妻が日本ALS協会に入り、6月には神奈川県支部の会合に参加してみました。いろいろと感じたことがあったので、御礼のメールのなかでいくつか意見を出しておきました。

7月には広島旅行に連れて行ってもらいました。

6月に送ったメールがきっかけになって、8月に日本ALS協会本部の理事とお会いする機会がありました。その後、少しずつ関係ができて、いろんなことを教えていただくようになりました。

この頃、オリイ研究所の吉藤健太郎さんと知り合うことができました。

9月から10月にかけては3週間も入院して、認可されたばかりのラジカットという薬を点滴投与しました。これは2週間おきに点滴をするので、2回めからは自宅で投与したいと、訪問医師を探し、主治医を説得してなんとか形にしました。

11月には、遊び仲間十数人で北陸新幹線に乗って金沢に遊びに行きました

12月にも一週間入院して、呼吸筋のリハビリのために呼吸器の導入をしています。この頃から自宅の二階に上がれなくなり、一階で生活するようになりました。このあと、介護保険のもっとも重度の高い、要介護5級と認定されます。

2月下旬から3月上旬にかけては、国立病院機構新潟病院に入院して、ロボットスーツ HALを使ったリハビリをしてきました。なんで新潟まで行くのかといえば、この病院がサイバーダイン社と組んで治験を主導したからです。

ALS患者としてこれからどう生きるか

ALSは、進行が予測できる病気です。
私は全身の機能が低下して、直近では胃瘻の造設、近い将来は気管切開をして人工呼吸器の装着をすることになります。

日本でこの選択をするのは3割だそうです。欧米ではたった1割だそうです。

難しい選択肢を選んでしまうのが私なので、機械化して生きる道を選ぶと決心しています。

告知を受けてからいままでは、それなりに情報もあり予測ができたので、あまり恐れや不安はありませんでした。

でもこれからは未知の世界です、社会制度との闘いやその延長での活動の事業化に挑戦することになります。

みなさんへのお願い

われわれ難病患者は、長い時間をかけて構築された社会システムの外側で生きるマイノリティです。先人の努力で、現在の療養環境がありますが、まだまだ改善が必要です。

われわれが生きる環境は、ほとんどが税金で作られています。

会社員の方は、業務の無駄を省き利益を増やしてくください。また起業家の方は、あたらしい産業を起こし、成長の原動力となってください。自営業の方は、節税を程々にお願いします。

マザー・テレサが言ったとされる 「愛の反対は無関心」という言葉があります。
私と知り合ったのも何かのご縁です。ぜひALSや難病に関心を持ち続けてください。

それがわれわれの力になります。

川口有美子さんのお話

川口さんは、お母さまがALS患者で、当事者として療養環境を整備するために、長年あらゆる努力をされてきた方です。わたしも日本ALS協会と関わりができる中で、いろんなことを教わってきました。

ALSという病気は、悲劇的な様子をことさら強調されることが多いです。しかし実際には、ALSが進行しても前向きに活動している患者さんがたくさんいます。その様子や背景を紹介してくださいました。

そのなかで、「安心してください、高野さんはずっと高野さんのままです。」と言ってくれたのですが、パーティ後に何人もの人から、『それが聞きたかった」『安心した」とメッセージをもらいました。私も、これが一番知ってほしいことだったので、本当に嬉しかったです。

幸せになる勇気

昨年の50歳の誕生日会は、ALSになったことを公表した後だったことと、頑張って集客したこともあって、150名近くの方にご参加頂きました。

今年もやりたいと思ったのですが、場所だけ確保して、あとは準備に負担が掛からないよう、Facebook中心に最小限の告知をしただけでした。

ちょっと傲慢な言い方になりますが、「来たい人、来れる人に集まってもらえばいいや」と考えて、昨年の半分も来ていただければ上出来だと思っていました。

そもそも、難病患者の話なんか聞いてもらっても、殆どの人には無関係で自己満足でしかないよなあ、という葛藤がありました。

それでも、これまで関わってきた人に会いたい、いまの自分を見てもらいたいという気持ちを大事にして、勇気を持って葛藤を乗り越えました。

もらっていた質問の中に、「どんな本を読んでいるか?」というのがあって、「ちょうどアドラー心理学の本を読んでいる」と回答しましたが、その本はこちらです。

健常者から見れば、難病患者は不幸の固まりに見えるかもしれませんが、自分の身に起きていることをどう捉えるかは自分で決めるものです。たしかに私はパーティの間から今に至るまで、幸せな気持ちで過ごすことができました。

誕生日会に参加していただいたみなさん、関心をもっていただいたみなさん、そして企画実行してくれたみなさん、本当にありがとうございました。ものすごくエネルギー・チャージされました。次の一年も、頑張っていきます!

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