大連に行ってきた ~ 外資ITO企業を取り巻く環境の変化
上海で気分転換をしたあとは、大連に来ました。上海-大連間は、飛行機で1.5時間です。近いですね。
大連に来るのは半年ぶりで、知人友人とあって旧交を温めるだけでなく、新しい方ともお会いすることができました。上海とは異なり、比較的まじめに情報収集していろいろ考えたので、ここにまとめておくことにします。中国は広く、全体に共通する事象もあれば、地方固有の事象もあります。以下の内容は、一般化できそうな事象でも、あえて大連地区に限定して書いています。
◯ 生活環境の変化
ここ1年間の物価上昇が著しいです。以前の大連も不動産バブルではありましたが、物価の上昇は比較的緩やかでした。
しかし、友人らによれば生活必需品である食材の値段が20%以上上昇しており、肉類は倍になったそうです。ウォルマートなどのスーパーマーケットで一週間分の食材などをまとめて買い物すると、以前は100元程度ですんだものが、いまは2−300元かかってしまうそうです。200元なら今の為替レートでも2500円であり、日本でのスーパーで買い物しているような金額です。
私も、以前よく買い物をしたスーパーを覗いてみましたが、牛乳が1.2元(2年前は1元)、牛肉500グラムが30元(≒400円。買ったことがないので以前の値段は不明)になっていました。
また、地元の食堂に入ってみると、メニューの価格のところが書き換えられています。食材の値段が上がり続けるために頻繁に書き換えられているようです。
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一方、交通渋滞は更にひどくなっている模様です。所得の向上に伴い、クルマを購入する人が増えました。また、郊外にオフィス街やマンション街を作っていますが、道路の整備が追いつかず朝晩は大変な混雑になります。大連市は現在地下鉄を建設中ですが、2014年完成予定なので、それまでは交通の混乱は続くことでしょう。
マンションの建設数は、現状の人口に対して明らかにバブルに見えます。この不動産バブルを解消するためには、実体を伴うインフレ誘導しかありません。今より付加価値の高い産業を起こし、大連の外から人材を数万人規模で誘致してくることになるので、産業政策の変化には要注意です。
また、タクシーを利用する人が増えたため、タクシーがなかなかつかまりません。朝晩は渋滞になることもつかまらない原因の一つだそうです。このため今年の春に、タクシー料金が日本と同じ時間距離併用になりました。以前は距離のみだったので、渋滞が増えてタクシー運転手の収入が下がったのが理由ということです。
ソフトウェアパークにできた最新マンション。100㎡で180万元≒2200万円
◯ 所得税と社会保健負担の変化
この7月に個人所得税の基礎控除と税率テーブル、ならびに社会保険料基数が変更されています。
詳細はこちらが参考になります。
中国人従業員に対しては、これまでは基礎控除2000元でしたが、これが3500元に引き上げられています。つまり、月給の手取りが3500元以下の人は納税義務がなくなります。2年前までは一部のトップ校を除き、大卒プログラマの初任給が2500-3000元でしたから、大学を卒業したら一人前の社会人として納税していました。それが、いまや納税義務がない=社会的に半人前ということになりますので、それだけインフレがひどくなってしまったということです。また、税率テーブルが見直されたため、月給38,600元以上の人は増税となりますが、この層は企業経営者レベルになるので社会的には大きな影響はないでしょう。
一方、外国人従業員の基礎控除は4,800元のままで据え置かれています。税率テーブルは中国人従業員と同じなので、実は月給17,400元以上の外国人従業員は増税となります。この層は、現地企業のリーダクラスになるので、そのレベルの人材でも増税となります。
また、企業ごとに適用される社会保険料基数の計算方法が変更になりました。これまでは外国人従業員の所得は無視できたのですが、これからは合算しないとなりません。つまり、外国人従業員が多い企業は、社会保険納税額が大きく増えます。
これは、外国人従業員を抱える事業者にとっては大きな負担となります。中小規模の外資系企業で、総経理の他に部長クラスにも日本人を送り込んでいるようなところは、企業全体の労務費負担が重くなりすぎます。日本人出向者を現地リーダに置き換えて、現地化を進めざるを得なくなるでしょう。
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また、外資系ハイテク企業に対する優遇政策の適用審査が、以前より厳しくなっているという話も聞きました。実際、開発区の工場に対する法人税優遇政策は昨年のうちに撤廃されています。20年余続いてきた外資を誘致する政策が転換期に入り、自国産業の育成、内需拡大にいよいよ切り替わったと見るべきです。
大連の外資企業は工場やアウトソーシングが多いので、投資はするが利益を抑えるように事業をコントロールします。言い換えると、市場創造に投資しないので大きな利益は出せず、結果として法人税収が増えません。雇用を生み出して多くの市民の生活水準は引き上げたが、内需拡大に必要な資金供給はこれ以上期待できない、と判断されたということになります。
◯ ITOを取り巻く環境の変化
企業経営者を含む友人・知人と話をしていて、深刻だと感じた事象が二つあります。
ひとつは物価上昇に伴う給与上昇です。これ自体は以前からわかっていたことなのですが、多くの企業がもはや給与を上げる体力がなくなりつつあります。これは、大連地区が主に日本からのITO/BPOの基地であり、日本からの発注がコストダウンを目的としているため、売上を拡大できないことが原因です。
もう一つは人材の枯渇です。この半年で仕事自体は増えているようで、大企業から中小企業へのエンジニア派遣依頼が増えたそうです。しかし、よく話を聞いてみると、リーマン・ショック後に仕事が減った状態からは抜けだしたというに過ぎませんでした。
そうするとなぜ人材が枯渇したのか。リーマン・ショック後の半年で、多くの企業の新規開発案件が凍結され、仕事の多くが保守案件のみになりました。この結果、優秀なリーダ・クラス人材が少しでも給与の高い北京や上海、あるいは蘇州などの他都市へ転職していったというのです。また、新卒採用を凍結したところが多く、最近の二年間は新卒を育てて戦力化できていないということです。
先に述べたようにコストダウンのための投資が増えているため、大手ITO企業から中小企業への派遣発注も、労務費を払うのに精一杯の金額しか出ていないそうです。これでは派遣業態だけだと経営が不可能になります。日本側から安かろうと便利に使ってきた中小企業は、これから減っていくでしょう。
◯ 大連ITOも次のチャレンジが必要
インフレに給与が追いつかない、というところをデフレで給与がさがる、と読み替えて見ると、上記の話はここ10年あまりの日本のソフトウェア産業の衰退と同じ構図です。安いITO基地としてとらえる限り、将来性に乏しいと言わざるを得ません。この地区で働く若者たちの能力の問題ではなく、地区としての事業戦略の問題です。中国国内には、これからも拡大するSI・インターネットサービスといった市場があるのですから、そこにチャレンジして付加価値向上に努めないとならないのではないでしょうか。
実際、大連No.1=中国No.1のSI企業である東軟集団は、2008年時点で売上の7割をすでに内需に転換済みです。リーマン・ショック後に日本からの発注に依存していた、2位・3位の企業が経営に苦しむ中、安定した経営を行なっていました。。
そうしなければ、5年後には単価の安いデータ入力BPOやシステム保守ITOだけの場所になってしまうのではないかと危惧します。もしかすると、グローバルビジネスを行うIBMやアクセンチュアの下請け基地として再生の道があるかもしれませんが、この場合は日本の多くの会社にとって高額なBPO/ITO基地となってしまうでしょう。日本にとっても、大連にとっても、あまりいいシナリオではないように思います。