労働者派遣法の改正について考える

起業・経営

1月の通常国会で「労働者派遣法の改正」が審議されるということで、様々な意見がニュースでも取り上げられるようになってきました。今回の改正点から労働市場がどのように変わっていくのか、期待も込めて現時点の考えを書くことにしました。

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労働者派遣法改正の影響を考える

まず、下記の記事を元に、今回の修正案の影響を考えてみます。

日経新聞の記事、「派遣受け入れ期間、上限を事実上撤廃 厚労省案」をもとに、今回の見直し案のポイントを整理すると次のようになります。

(1-1) 専門26業務の区分をなくし、派遣期間の上限は「業務」ではなく「人」ごとになる。
(1-2) 派遣先企業は労働組合の意見を聞けば(合意ではないことに注意)、「業務」への派遣受入を続けられる。

(2-1) 人材派遣会社に有期雇用されている場合は、派遣労働者がおなじ職場で働ける期間は3年までとする。
(2-2) ここで人材派遣会社は、3年経過後の人材に対して雇用機会の提供が義務付けられる。
(2-3) 人材派遣会社に無期雇用されている場合は、派遣労働者はおなじ職場で働き続けられるものとする。

(3-1) 届出制であった特定派遣制度は廃止し、すべての派遣事業者は国による許可制となる。

(1)から言えるのは、企業は合法的に恒久的な人材アウトソーシングができるようになると考えます。経営力の高い企業は本質的な業務のみを残して、それ以外は外部の人材に外注して業務の仕組み化も含めて依頼するようになるでしょう。これまでは、業務の仕組み化ができている状態でのアウトソーシングであり、人材のアウトソーシングではありませんでした。

(2)から言えるのは、社会に対する雇用の受け皿は人材派遣会社の仕事になると考えます。このうち、人材育成と業務分析ができる人材派遣会社がより重宝され、コンサルティング会社の位置づけに近づいていくでしょう。一方で、そうでない人材派遣会社はいまよりも低賃金の人材プールとなっていくのではないでしょうか。これまでは、ピラミッドの上位に来る企業(多くは大企業)が雇用をいかに作り、社会の安定に貢献するかが期待されてきました。

(3)から言えるのは、特にIT産業においてエンジニアの頭数を揃えることが難しくなると考えます。これによって一部の開発プロジェクトは実行できなくなり、顧客のニーズに応える企画提案力に乏しい企業や、案件に対応できる人材を確保できない企業は経営を維持できなくなるかもしれません。

そうした企業が大手企業に収斂されて大型案件の受け皿になる一方で、能力の高い小さな会社が生き残って中小規模の案件に対応し、そこでは発注側と対等な関係で仕事ができるようになることを期待しています。これまでは、小さな会社は孫請け構造の末端に位置することが多く、そこにクリエイティビティを発揮する余地は乏しかったのではないでしょうか。

このような動きになると、より主体的に仕事を担当して組織の隙間を埋めるべく、個人事業主や小規模の会社が今よりも重宝されていくでしょうね。

労働者派遣の是非を考える

さて私自身も組織に属していた時には、一般派遣または特定派遣のかたちで業務を手伝ってもらっていましたが、労働者派遣という形態が好きになれず基本的に反対派です。その理由は、自分の経験から下記のような負の可能性を感じることによります。

  • 各社の工数調整弁として人件費圧縮の手段となるため、派遣社員の給与が正社員よりも低くなるかまたは雇用期間に限りがある。これは、常に不満と不安を抱えることとなり、成長へのモチベーションを持ちにくくなる。
  • 派遣社員からの業務改善提案は、その受入企業の中では取り上げられにくい。これは、派遣社員に対して情報共有が十分されないために提案の視野が狭く見えることが原因であることが多い。あるいは、若手の正社員であればある程度の失敗を育成コストとして受け入れられるが、派遣社員だとその許容範囲が狭くなる。
  • 派遣社員も正社員と同様に扱える寛容な組織であればあるほど、業務ノウハウが派遣社員に蓄積される。しかし、契約期間が終了したらその場所で働くことができないので、その時点で業務ノウハウが継承されない。あるいはこれを防ぐために、受入企業側は業務を任せることに消極的になる。
  • 派遣社員側に解雇または契約延長されないことへの潜在的な恐怖があり、その業務は受入企業側の指示に基づく必要があるので、わかりやすい権力構造が出来上がる。このため、受け入れ側の社員が普通の感覚の持ち主でも、無自覚にパワー・ハラスメントを起こす可能性をはらんでいる。このような組織は、社員に対してもパワー・ハラスメントが起きがちだが、責任をつけ回すか放置する組織体質であることが多く、派遣社員がスケープゴートになることも多い。

最大の問題だと考えるのは、このような状態が続くと「業務改善、すなわちイノベーションの種」が認知されずに、組織としての成長機会を失ってしまうことにあります。短期的な利益を確保するために派遣社員に業務アウトソーシングすると、長期的には組織の体力を奪っていくと考えています。

そしてもう一つ、派遣という形態で働いている人材の能力開発が十分になされず、社会全体が本来備えている能力が十分発揮されなくなることが問題だと考えています。比較的若い世代が、いまのような派遣社員形態で長期間働くほど、社会の潜在能力が毀損される可能性があるということです。

いずれも、社会の発展には大きなマイナス要素になると考えているので、労働者派遣という形態には反対なのです。

雇用流動性を考える

今回の労働者派遣法の改正は2015年の施行予定であり、派遣社員という仕組みがなくなるわけではないので、すぐに大きな影響はでないでしょう。ただ私は前述のような変化が起き得ると考えており、派遣社員への依存度が高い組織は、今から組織改革に手を付けないとならないのではないでしょうか。

私は大企業の経験もベンチャー企業の経験もあります。ベンチャー経営は、リスクまみれでキレイごとの経営はできないし、そもそもいつまで存続できるかわからないので、派遣社員の活用もやむを得ないかもしれません。しかし大企業は、その存在意義の一つに「雇用を創出し、社会の安定に寄与する」という社会的な期待があります。

こう書くと「正社員の雇用確保が最優先」という話になり、派遣社員の活用が正当化されそうです。しかし、前述のように長期的には組織と社会の価値を毀損すると考えているので、「社のミッション遂行に必要な雇用のみを確保する」という考え方にシフトすべきだと考えています。そうしなくても、長期的な成長ができずに業績が悪くなれば、正社員をリストラせざるをえなくなり、功労のある社員にやめてもらうしかなくなるのですから。

労働者派遣という仕組みが議論になるのは、「社のミッション遂行に必要な雇用のみを確保する」ことに対する障害があるからです。一つは解雇規制で、これがなくなれば企業側は不採算部門の整理がしやすくなり、結果として社会の雇用流動性を高めることができます。もう一つは大抵の企業に存在する副業禁止規定で、これがなくなれば労働者側は解雇に対するリスクヘッジが可能になりますし、個人の努力で収入の拡大が図れるので、生活を少しでも安定させられます。

会社にとって「社員をやめさせる自由」は、短期的に会社に利益をもたらす一方で社会に痛みをもたらします。しかし、特に大企業の優秀な人材が市場に放出されることによる雇用機会が生まれ、雇用される側にとっては「会社をやめる自由」につながると考えています。いや、すでに今の40歳以下の世代は転職は当たり前になっていますね。

おわりに

これからの社会は10年以上の変化が続くと思われるので、労働者である個人も採用する企業側も変化に対応できるようにしておきたいものです。変化に対応するには、いま自分を縛っている既得権益を手放すしかありません。終身雇用や成果に見合わない高給は、特に中年以上の年代にとっては既得権益と言わざるをえないでしょう。

社会不安の原因となりますから、仕事を辞めることを薦めているわけではありません。少なくとも「下の世代=現場で成果を出す世代」の妨げにならないようにするにはどう行動すべきかを考え、仮に自分たちにとって不利なものであっても変化を主導して、次の世代の成長を支援することを考えたいものです。

通常の企業にて右肩上がりの給与は提供できないのですから、そのなかで社員の成長を支援するには機会を提供するしかありません。少々の失敗を許容し学びを得られる機会の提供は、経営層が意識して考えるべきことだと思います。また、企業の外側に目を向ければ、流動化する雇用の受け皿となるベンチャー支援も大切です。40代以上の世代も、こうした領域でいかに組織や社会に貢献するかを考えて行動していきたいものですね。

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Posted by gen