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ALS患者高野元の日常と思考と回想

西安に行ってきた(3) ~ 兵馬俑に感動

      2015/11/08

ちょっと秦の始皇帝についておさらいしておきます。

秦 (紀元前778年 – 紀元前206年)は、中国の王朝。周代、春秋時代、戦国時代に渡って存在し、紀元前221年に史上初めて中国を統一したが、紀元前206年に滅亡した。首都は咸陽。(→Wikipedia)

紀元前246年に即位した秦王 嬴政(えいせい)が、中国統一後に史上最初の皇帝を名乗るが、紀元前210年に没す。(→Wikipedia)

この始皇帝が秦王即位直後から造営したのが「始皇帝陵および兵馬俑」であり、1987年にユネスコ世界遺産に登録されています。

兵馬俑は始皇帝陵から1Kmほど東方にあり、1974年に農民が井戸掘りの最中に偶然発見したそうです。

この発見をきっかけとした発掘された現場が1号抗となり、次いで2号抗、3号抗が見つかり、それぞれが1号館・2号館・3号館として公開されています。

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兵馬俑抗を見る前に、まず秦始皇陵博物館を見学しました。始皇帝陵はここから1Kmほど離れた場所にありますが、博物館はこちらに一本化したようです。

この墓で発見された数々の埋蔵品から当時の秦帝国の技術力の高さが明らかになっています。1980年に発見された銅馬車は、青銅と素焼きでできており、その加工が精巧であることに驚かされます。

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1号銅馬車: 実物の1/2の大きさ

また、石片を組み合わせた兵士の鎧にも、興味を惹かれました。重くて実戦向きではないので、冥界で皇帝を守るためのものと考えられているようです。

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石の鎧

次に、兵馬俑坑3号館>2号館>1号館と回りました。この3カ所で、兵俑が約7000体、馬俑が約500頭も発掘されているそうです。

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1号抗の全景

1号館が、よく写真でみる最初に発掘された場所で、東西210m・南北60mもあり、一番広いところです。写真から分かるように、体育館のようになっており、周囲に巡らされた通路から眺める形になっています。

1号抗を正面入り口から見るよく知られているように、兵士の姿形はすべて異なっています。実際に確かめたくてたくさん写真を取りましたが、見た限りでは確かに同じものは見つけられませんでした。

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多数の兵俑

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将軍たち

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将軍たち

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文官たち

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崩れた抗もありました

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3号館の発掘現場

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2号館の発掘現場

テラコッタは非常に固く焼き絞められており、これが長期にわたって保存されていた大きな理由ですが、彩色が失われているのが残念です。現在の技術では、この彩色を維持することができないそうで、このために発掘規模を拡大しない方針ということです。

遺跡の発掘はどれも根気のいる作業だと思います。慎重に掘らないと人形本体を傷つけますし、周囲の土を一緒に掘り出したあとは、周りにこびり付いた土を落とさないとなりません。

俑坑の中にも発掘途中の作業が垣間見えます。土の中から人形を掘り出す作業場、掘り出した土塊から土を落とす作業場 が設置されていました。

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修復中の兵俑。彩色が残っているのが分かる

自分の臣下を一人も殺さず、同じ姿形をした人形で置き換えつつも、権力を誇示する巨大な陵墓を築いた先進性に驚かされます。これが最初の中華皇帝たり得た理由でしょうし、後世の皇帝に影響を与えたのは間違いないと思います。始皇帝の研究でこの点に触れたものがあるでしょうから、是非読んで見たいと思います。

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